邂逅「怪縁奇縁」 ( No.1 ) |
- 日時: 2016/04/21 03:03
- 名前: チェシャ狼
邂逅「怪縁奇縁」
四月、世間では新しい出会いが始まる季節などと云われている。 その御多分に漏れず、俺にも新しい出会いがあった。それこそ将来を変えるほどの 今年は、例年より温暖な気候だったこともあり 桜は少し早い満開の見頃を迎えたようなので、俺は独り夜の桜並木へと繰り出した。 点在する外灯に照らされ、土手沿いの桜並木は幻想的な雰囲気で満たされており そんな夜桜を眺めながら歩いた俺は、中程にあるベンチへと腰を下ろす 流石に深夜ということもあって、同じように夜桜を見物に来ている人影は見当たらない。
「御機嫌よう。──隣、宜しいかしら?」
「え、あ、どうぞ」
──だのに、彼女はそんな意識の外から現れた。 大きな赤いリボンを巻く、ふんわりとした白い帽子を被り フリルをあしらう紫色のドレスを着た女性は、微笑みを浮かべながらそう問うてくる。 完全に虚を衝かれた俺は、反射的に了承の言葉を口走ってしまう。 当然、了承を得た女性はベンチに腰を下ろし、その視線を頭上の桜へと向けた。 なので俺も、桜に視線を戻したかったが──次第に落ち着きを取り戻した頭は ほんの一瞬、視線を外した間に現れた女性に違和感を覚えはじめ 彼女に向けた視線を桜に戻すことが出来なかった。 棚上げになるが、この辺は治安がいいとは言え そもそも、こんな時間に女性が独りで出歩いていること自体妙である。
「……桜を見にきているのではなくて? そんなに見つめられては、穴があいてしまいますわ」
「あ! いえ、その──すみません」
そんな俺の視線が煩かったのだろう。やんわりと注意されてしまったので 慌てて彼女に向けていた視線を桜へ戻す。 しかし、彼女いない暦=年齢なチェリーボーイの俺にとって女性 それも美人と二人きりというのは、何ともいえない居心地が悪さを覚えてしまい 桜を見るという心境にはなれなかった。 この場から立ち去ればそれで済む話でもあるんだが── それはそれで、こんな時間、こんな場所に女性を独りにするのも気が引けてしまうのだ。 「此処には初めて来たのだけれど──綺麗な桜が咲いているのね」
「そう、ですね。 ……詳しくは知りませんけど、桜の名所百選にも選ばれてるらしいですよ」
そんな理由からこの場に留まり続けていると、なんと女性から話を降ってきたので 地元のことながら、受け売りの情報を彼女に伝える。
「そう。……でも、綺麗な月と雅びやかな夜桜。 これだけでは画竜点睛を欠いているとは思わなくて?」
「はい? え? あ、えーーー……っと」
「ふふっ、察しの悪い殿方ですこと──それとも、女性を焦らすのがお好きなのかしら? "酒(コレ)"ですわよ、"酒(コ、レ)" せっかく花見と月見を愉しめるんですもの、"酒(コレ)"が無くてはつまりませんわ」
女性はそう言いながらに、何所ともなく徳利とお猪口を取り出だすが── そこでまた違和感を覚えてしまう。というのも、女性は何も持ってなかったはずなのだ。 であれば一体、あの徳利とお猪口は何処から出したのだろうか? 疑問に思わないはずもなければ、聞いてみたい気持ちが無かったわけではない。だけど 桜と月を肴に一献傾ける女性を見ては、ただ押し黙ることしかできなかった。
「ふう。──貴方も一献いかが?」
「え!? あ、はい。頂きます」
差し出されたお猪口を受け取ると、女性は徳利のお酒を注いでくれる。 下戸というわけではないのだが、進んで酒を呑もうと思わない自分にしては珍しい。と 我がことながら思ってしまう。まあ、コレが女性からの誘いだからというのもあるが それ以上に「酒を呑みたい」と、彼女の酒を呑む所作に魅せられたのもある。 勧められなければ、コンビニの缶チューハイでも買って呑んでいただろう。 ほんのりと琥珀色に色づく酒には、とろりとした甘みと適度な酸味があった。 舌触りはまろやかで、爽やかな香りは鼻を抜けていく
「ほふぅ……旨い。 ありがとうございます。美味しいですね、このお酒」
「ふふっ、お気に召していただけたようで何よりですわ。 ……折角ですし、私にもお酌をして頂けるかしら?」
返杯しようとしたら、今度は徳利を差し出されたので ソレとお猪口を交換する形で受け取り、女性のしてくれたようにお酒をお猪口に注ぐ すると女性は、お猪口に満たした酒を一息に呷る。
「では、ご返杯」
「あ! いえ、もう良いですよ。 一献ってことでしたし、一杯で十分堪能できましたから! ──どうぞ」
差し出されたお猪口にお酒を注ぎながら、彼女の申し出を断らせてもらう。 惜しくないと言えば嘘になる。だけど、アレは彼女のお酒なのだ。 徳利の大きさから、内容量はそこまで多くないはず──であれば、彼女が多く呑めるよう 遠慮するのが筋である。 もっとも、理由はそれだけではない。 これは俺の性分的なもので、他の人の食べ物にはあまり手を付けたくなく。 例えそれが「食べてみるか?」と、友人から差し出されたものであっても なんだか気後れしてしまい、結果として遠慮という形になってしまうのだ。
「そう……。遠慮深い殿方なのですのね。 そうですわ。こうして出逢えたのも何かの縁、御名前をお聞かせ頂いてもよろしくて?」
「あ、はい。 俺は春夏秋冬(ひととせ)・福太郎(ふくたろう)って言います。 春夏秋冬(しゅんかしゅうとう)って書いて、春夏秋冬(ひととせ)です」
「縁起のいい御名前ですのね 私の名前は八雲(やくも)・紫(ゆかり)。──どうぞ宜しくお願い致しますわ」
「えっと、こちらこそ?」
お互いに名乗った後は、特に会話を交わすこともなく 八雲さんは花見と月見の酒に興じ、俺はそんな八雲さんのお酌を続けるが 徳利のお酒はもう殆ど入ってなかったようで、何度目かお酌をしている時のことである 注いでいたお酒は次第に細くなり、やがて完全に止まってしまった。
「あら、もう空になってしまいましたの? 残念ですわ、まだ呑み足りませんのに……致し方ありませんわね」
俺の手から空の徳利を抜き取ると、取り出した時と同じく何処かへと仕舞い 八雲さんはゆっくりと立ち上がる。
「福太郎さん。 今宵は、貴男のお陰で退屈せずに済みましたわ。──だから、今日のところはこれで 御機嫌よう、いずれまたお会いしましょう」
酒の切れ目が縁の切れ目。 八雲さんは微笑みながら一礼し、夜の桜並木の奥へと消えていった。 なので俺も家に帰ることにした。──矢先、不意に人の気配と視線を感じたので 辺りを見渡してみるも、それらしい人影は何処にも見当たらない。 仕方がないのでそのまま家に帰るが、そんな違和感は家に着くまで続き 精神的に疲れた俺は、風呂に入ったとっとと寝ることにした。
◆
そんな出遇いから数日が過ぎたある日──。 今日はバイトもなければ、講義もない丸一日フリーの日だ。 目を覚ました俺は、朝のルーティンワークをこなしながら今日の予定を考える。 特にコレといった趣味もないので、休日の予定ほど難儀することはない。 しかも、間が悪いことに今日は平日。友達を誘って遊びに行くことも出来ないときた。 まあもっとも、こんな日は今に始まったことでもなし
取り敢えず、冷蔵庫には後3〜4日分の食料がある。 調味料の方もまだ全然余裕があるし、日用品も買い足したばっかりだから── 買い物に行く必要はない、か。
だとしても、このまま家で燻ってるつもりはなく 財布と携帯だけ持って家から出た俺は、ママチャリを漫ろに走らせるのだった。 当てもなく自転車を走らせること数時間。 特に何の切っ掛けを得ることはできず、自転車で走り回るのにも飽きがきはじめたので そのまま家路に就くことにする。 序でに、大手ファストフード店に立ち寄ってハンバーガーを買って往く それから程なくして家に着き、車のない駐車場に自転車を停めている時だった──。
「御機嫌よう」
後ろから聞き覚えのある挨拶が投げ掛けられた。 慌てて振り返ると、其処には日傘を差す八雲さんの姿があった──しかし、重要なのは 問題なのはそこじゃない。 自転車を駐車場に入れる時、前方には八雲さんの姿は無かったし 途中で抜き去ったわけでもないのだ。だのに、八雲さんは数日前と同様。 何所ともなく忽然と、俺の前に姿を現したのである。これに驚くなという方が難しい。
「あ、えっと、こんにちは」
以前とは違う居心地の悪さに、会話を切り上げて家へ逃げ込みたい衝動に駆られる。が 流石にそれは八雲さんに失礼だろう──と、なんとか思い留まらせた。 まあもっとも、踏み止まったところで会話が続くわけもなく 上手く言葉を紡げない俺は、そのまま八雲さんと見合うことしか出来なかった。 すると八雲さんは、その視線を俺の家へと移す
「……此処が、福太郎さんのお家なんですの?」
「ええ、そうですけど……その、八雲さんはどうして此処に?」
「この辺りにはまだ馴染みがないものでして、散歩がてら色々と見て回っておりましたの そうしましたら偶然、福太郎さんのことをお見掛けしましたので」
「成る程 ……えーーーっと、あの、もしよければ案内しましょうか? 一応、地元民ですから」
家ぐらいしかないこの辺りを見回る彼女を放ってはおけない。 幸い、今日の俺は時間にも余裕がある。──なので、勇気を振り絞って案内役を申し出た それから時間にすれば数秒、しかし、俺にとっては長い長い間の後 八雲さんは微笑みながら了承してくれた。それならばと、行ってみたい所を訊ねてみれば これまた微笑みながら、それは俺に委ねるとの言葉が返ってくる。
まず駅まで行って、道中と駅周辺の主立った施設を巡ればいいかな?
──そして、今に至る。 取り敢えず歩き出してはみたものの、女性と二人きりで歩くなんて真似したことなく だから自意識過剰になっているのか? なんだか周囲の視線が気になってしまう。
「……やはり、こちらは発展していますのね」
「まあ、駅が近いですからね」
田舎でも都会でもない地元の最寄り駅。 駅ビルはあるし、駅を挟むように大手スーパーも二店ある。 それ以外にも、駅周辺はショッピングゾーンや飲食店が多数出店してるので 店さえ選ばなければ、買い物や食事をする場所に困ることはない。 これに道中の病院を加えれば──もう、案内できるような場所が地元にはなかった。いや ないこともないが、徒歩だとかなりの距離があるのだ。
さて、どうしよう?
……そんなわけで、知る限りの場所は案内しきってしまった。 女性に限らず、人を案内すること自体が初めてで これからどうしていいのか解らない。けど、案内が終わったから「はい、さようなら」と そんな感じに別れるのは駄目だと思う。
「どうかしまして?」
「あ、いえ。──そうだ! 少し早いですが、夕食でもどうですか?」
などと考えていた時だった。 不意に八雲さんが訊ねてきたので、咄嗟の思い付きを吟味することなく口走ってしまう。
「折角のお誘い。とても嬉しいのですけど──ごめんなさい。 生憎、今日は持ち合わせがありませんの」
「お金のことは気にしないで下さい。俺の奢りですから」
「そんな、流石に悪いですわ」
「いえいえ、どうぞご遠慮なく でなければ誘ってませんし、こんな機会でもないとお金を使わないんで」
誘った手前というのもあるが、そもそも女性と一緒に出掛けた際には 男の俺が支払いを持つものだと考えているし、 それに独り暮らし故の節制と、無趣味であることも相まって 必要経費ぐらいにしか使わないバイト代は、積もり積もって結構な金額になっているのだ なので、女性一人奢っても生活費には響かない。
「わかりました。 それでしたら、福太郎さんのお言葉に甘えさせていただきますわね」
「はい。それで──何か食べたいものの希望はありますか? あ! あと、食べれないものとかあるなら教えて下さい」
「どちらも、特にはございませんわ。……けれど、福太郎さんを煩わせたくありませんし そう、ですわね。あの店に致しましょう」
そういって、八雲さんが指差したのは居酒屋。 好きなものを選んで食べれる店だし、確かに、これはこれでありだろう──というか 店と食べたいものを訊ねた手前、そもそも別の店にするという選択肢はない。 問題があるとすれば、時間的に開いてるかどうかだが 普通に営業しているようだったので、そのまま店に入ると半個室へと案内された。 向かい合うように席へ着いた俺は、メニューを取って八雲さんに渡す
「どうぞ」
「ふふっ、ありがとう」
そして八雲さんが注文を決めている間に、俺もどんな風に注文をしていくかを考える。 一人でがっつり食べるような品は当然NGとして 八雲さんの食べる量も分からないし、分けることを前提にした注文も控えるべきか となると、盛り合わせ系がベストかな? 色んな料理も楽しめるし、量もそこそこあるし ただ、夕食とするには役者不足が否めない。──けどまあ、そこは我慢すればいい話。 あとは取り敢えず、八雲さんと注文が被らないようにするだけだ。 そんなことを考えていると、店員の人がお通しを持ってきたので ちょうど手持ち無沙汰だった俺は、ソレをちびちび摘みながら注文が決まるのを待った。
「──どうぞ、福太郎さん。私はもう注文を決めましたので」
「あ、どうも。ありがとうございます。 序でに、何を注文するか伺ってもいいですか? 中皿の料理とか、被ってもアレなので」
「ふふっ……確かに、色々な味が楽しめる方がよいですものね。 私はこの鶏の一夜干しと、軟骨入り手捏ねへらつくね。あとは日本酒ですわ」
「成る程、ありがとうございます」
普通に酒の肴って感じか。……なら、俺もそれに沿う感じで 天ぷらの盛り合わせと刺身の盛り合わせ、それから唐揚げに牛タンの南蛮味噌添えかな? 飲み物は烏龍茶にでもしとくか 八雲さんから受け取ったメニューを流し見ながら、予め考えていた料理を選りすぐり そこに自分が食べたい料理を加える。それから店員を呼んで、決まった注文を伝えた。
「沢山お食べになりますのね」
「いえいえいえ、流石に独りで食べたりなんかしませんよ。 だから、八雲さんも遠慮なく食べていいですから」
注文も済んだので、一息つけると思ったのも束の間。八雲さんが口火を切ってくる。 料理が運ばれてくるまで、変に間が空いても辛いところだったので こうやって話を振ってくれるのは、気は休まらないもののありがたくはあった。
「あら、そうなんですの? それでは、ありがたく頂戴させていただきますわね。 ──ところで、福太郎さんはお酒を頼まなくてよろしかったんですの?」
「ええ、まあ……その、あんまり好みじゃないんですよね だから呑めはするんですけど、そこまで呑もうとは思わないんですよ」
「そうでしたの──それは、大変ですわね。きっと」
「まあ嫌いじゃないですし、呑めないってわけでもないですからね 大変だとは思ってないですよ。──寧ろ、いつもと違う雰囲気を楽しんでるぐらいです」
そんな八雲さんの質問や疑問に応じることしばらく 注文していた料理が運ばれてきたので、俺と八雲さんはそこで一旦会話を区切り 運ばれてきた料理へと箸をのばす それらの料理はどれも美味しかった。 適当に選んだ店だけど、どうやらこの店は当たりだったようだ。まあそれは兎も角 当初の予定通り、八雲さんと分け合うように料理を食べる。
「他に食べたいものとかありますか?」
「いいえ、そのお気持ちだけで十分ですわ。 それに、今日は外食をしてくると伝えておりませんの──だから」
「あーーー、はい。 というか、なんかすみませんでした。もし、そのせいで怒られるようなことがあったら どうぞ、気兼ねなく俺を悪者にしちゃって下さい」
やってしまった。思いつきで行動した結果がこれである 八雲さんは勿論、八雲さんのことを家で待ってる人には悪いことをしてしまった。 後悔先に立たずとはよくいったものだ。 流石に凹んでいたら、八雲さんに「私も楽しかったですし、気にしないで下さい」と フォローまでさせてしまい、なおさら凹みそうになってしまうが──慌てて気を取り直し さっさと会計を済まして店を出た。
「御馳走様でした。 このお礼は、近い内に必ずさせていただきますわ」
「ええっ!? いや、いいですよ。そんな──お礼だなんて 俺が勝手にしたことですし、それにご迷惑もかけてしまいましたから」
「それでも、ですわ。 でないと、私の気が済みませんの……どうしても、と仰られるのでしたら 私も勝手にして差し上げるだけですわ」
「……分かりました。 素直にそのお礼を受けさせていただきますから なので、そんな自分を悪者にするようなことしないで下さい!」
そんな俺の言葉を聞き、八雲さんは笑顔を浮かべて見せる。 もう立つ瀬がない。 それから互いに別れを交わし、例の如く、瞬きする間に消える八雲さんを見送った後 俺は精神的に疲れた体に鞭打って帰路に就いた。……そして、そんな俺を待っていたのは 冷えきったハンバーガーという追い打ちであり、なおさら凹んだのはいうまでもない。
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邂逅「怪縁奇縁」 ( No.2 ) |
- 日時: 2016/04/22 21:19
- 名前: チェシャ狼
- 八雲さんとの食事から数日が過ぎた。しかし、八雲さんは未だに姿を現さなかった。
ちゃんと日取りを決めたわけじゃないし、単に都合が合わないだけなのかもしれないが 個人的には、あの食事の一件が尾を引いてるからじゃないかと睨んでいる。 まあ気にし過ぎても毒なので、いつものように適当なテレビを流し見て暇を潰す
そろそろ飯にでもするかな。
そう思い立ち、腰を上げた時である。 そんな出鼻を挫くように、来訪者を告げるチャイムの音が部屋に響いた。 「こんな時間に誰だろう?」や「もしかして、八雲さんだったりして」とか考えながら 玄関に向かい、ドアを開けると──其処には案の定。八雲さんが立っていた。 それも、複数人の女性を連れて
「御機嫌よう。 約束していました通り、お礼をしに参りましたわ ──なので就きましては、福太郎さんのお家に上がらせてほしいのですけど よろしいかしら?」
「あ、はい。どうぞ」
見られて困るものもなければ、散らかしようのない部屋なので 特に拒む理由もなかった俺は、八雲さんと連れの女性(ひと)を家の中へと招き入れ 取り敢えず、居間の方に案内する。
「いま飲み物もってきますので、適当にくつろいでて下さい」
「ふふっ、もう福太郎さんてば何を仰っているんですの? ホラ、支度はとうに済んでおりましてよ。主賓の貴男が座らないと始まりませんわ」
それを呼び止める声に振り向くと、何もなかったテーブルにお重とお酒が広がっていた 例の如く八雲さんをはじめ、他の女性(ひと)も何も持っていなかったはずだが── まあ今に始まったことでもないので、取り敢えず八雲さんが招いている場所へ腰を下ろす
「……ところで、八雲さん。 こちらの女性(ひと)たちはどちら様なんでしょうか?」
「あら、ごめんなさい。 私は西行寺幽々子(さいぎょうじゆゆこ)。よろしくね、福太郎さん」
「私は幽々子様の警護役で、魂魄妖夢(こんぱくようむ)といいます」
八雲さんに訊ねたのだが、答えは当人たちから返ってくる。 フリルをあしらった着物を着る、ウェーブがかった桃色髪の女性──西行寺さん。 ワイシャツに緑色のベストとスカートを着ける、白髪の女の子──魂魄ちゃん。
「私は八雲藍。しき──」
「藍」
しき? 「しき」なんだろうか? 八雲さんに名前を呼ばれた八雲──紫さんに呼ばれた藍さんは「なんでもない」と そのまま口を噤んでしまい、その先に続く言葉は判らなかった。 そんな藍さんは、紫さんと同じく綺麗な金髪で ゆったりとした長袖ロングスカートに、青い前掛けを被せた民族衣装っぽい服を着ている ……未だかつて、これだけ大勢の女性。 しかも、美人が家に来たことはあっただろうか? いや、ない! けど、だからだろう。 慣れ親しんだはずの家は、今だけはとても居心地が悪かった。
「あ! 俺の名前は春夏秋冬(ひととせ)・福太郎(ふくたろう)です。 春夏秋冬(しゅんかしゅうとう)の春夏秋冬(ひととせ)です」
「それでは、自己紹介も済んだことですし──どうぞ、遠慮なく召し上がって下さいな」
「あ、ありがとうございます。いただきます」
差し出された取り皿と箸を受け取る──しかし、此所は自分の家。 とうぜん自分用の箸も有れば、取り皿だって何枚かは置いてある。あるんだけど 紫さんの善意を無碍にはできない。西行寺さんに至ってはもう食べ始めちゃってるし お重には煮物、おひたし、和え物、出汁巻き卵など 和食の品々が取り揃えており、それの他にはお重一杯のいなり寿司があった。 取り敢えず、適当に選り抜いて口に運ぶ
「美味しい」
「良かった。口に合ったようね」
「え。これ、藍さんが作ったんですか?」
「ええ、そうよ」
まさか、この料理を作ったのが藍さんだとは思わなんだ──というか 母親以外の女の人が作ってくれた料理とか、食べたのなんて初めかもしれないな。うん それから考えると、ここ最近の俺は恐いぐらい恵まれてる気がする。 手料理は勿論、こんな風に女の人たち──しかも美人と食卓を囲えるなんてなあ 想ってはいたけど、実現するとは思わなかった。
「ところで、藍さんと魂魄さんは何となく分かるんですけど 西行寺さんは、どうしてこんなところに?」
「それはね、福太郎さんに一目お会いしたかったからよ だって紫ったら、最近あなたの話ばっかりするんだもの──だからね。 私も気になっちゃって、お相伴に与って会いにきちゃった」
可愛らしい笑みを浮かべながらそう言う西行寺さん。 紫さんが俺の話をしていた事とか、西行寺さんにどんな話をしたのか? それはそれで気になるが──それ以上に、 こんな俺なんかに会いたいからと、出向いて来た西行寺さんに申し訳なく思ってしまう。
「それは……なんというか、すみません」
「あら? なんで謝るの」
「え!? あ。いや、ご期待に添えるような面白い男じゃなくて 西行寺さんのことがっかりさせたかな。と──あ! そうだ、思い出した! 藍さん、この間は済みませんでした」
謝り序でというわけじゃないが、引き金にそのことを思い出した俺は 藍さんにも謝罪することにした。
「はい? あの、この間って?」
「俺が紫さんと食事をした日のことです。 俺が紫さんを食事に誘ったせいで、藍さんには心配させてしまったかな──と」
そんな負い目のせいで、今回みたいなことを考えてしまったのだ。 こうして会いに来てくれた以上、そんな考えは杞憂だと分かってはいるのだが だからって、謝らないでいいってことにはならないし 自分なりに決着をつけて、気持ちをすっきりさせておきたい。
「ああ、あの時のことね。 大丈夫よ、あんなの問題の内に入らないわ」
「え。あ、よかった。 ……その、以後気をつけます」
すると、拍子抜けするぐらいあっさりと許された。 軽めの注意くらいはされるかと思ったのに、まさかそれすらないとは思わなかった。 「うふふっ 本当、妖夢みたいに真面目な殿方(ひと)。──ねぇ、お酌をして下さる?」
悶々としていても仕方がないので、西行寺さんから差し出された杯にお酒を注ぎ入れる すると、紫さんが自分にもと杯を差し出してきた。 断る理由もないので、その杯にもお酒を注ぐ 結果、紫さんと西行寺さんの二人から返杯を受けることになり 変な気分を振払いたかった俺は、二杯の酒を一息で呷るのだった。──流石に効いた。
「──あら? もうお酒がなくなっちゃったわ」
「もう、宴会でもないのに幽々子が呑み過ぎるからよ」
「じゃあ、俺が買ってきますよ」
酔い覚ましと気分転換をするのにはもってこいだ。ついでにアイスでも買ってこよう。 そんなことを考えながら腰を上げると、何故か魂魄ちゃんも同じように立ち上がり 困惑する俺に「でしたら、自分も一緒にいきます」と申し出てきた。
「このまま相伴に預かるだけ、というのも気が引けてしまって だから、荷物持ちの一つぐらいはさせて下さい」
「私からもお願いしていいかしら?」
「分かりました」
まあ魂魄ちゃんの気持ちも分かるし、西行寺さんからもお願いされちゃった以上 変に問答する必要もないだろう。 最後にお酒のリクエストを訊き、俺は魂魄ちゃんを伴い「適当に色んなお酒」を買いに 一応100円均一を謳っている、二十四時間経営の小売店へと向かうのだった。 目的の店は、家から五分も掛からないくらい近所にある。──あるはずなのだ。 だのに女の子と無言で歩くだけで、それ以上の時間の経過を感じてしまう。 適当な話をしようにも、初対面の女の子と何を話せというのか? 初対面でなくても苦労してるというのに、 とはいえ、帰りもこんな気分で歩くのは嫌だ。 なんとしてでも、帰るまでには話題の一つでも見付けておかなければ──! そんな決意新たにして、俺は店の中へと入るのだった。
「……凄い、明るい。 それに、色んなモノがあるんですね」
「そうだね、おかげで助かってるよ。 ところで、魂魄さんに聞きたいんだけど──西行寺さんのお酒の好みとか、知ってる?」
「いえ。 ……ただ、特別贔屓にしてるモノはないですね」
「そっか」
本人たちは適当って言ってたけど、どうせ買うなら呑む人が美味しく呑めるのがいい。 ので、参考になればと魂魄ちゃんに訊いてみるものの──空振り そういうことなら仕方がない。 俺はリクエストされていた通りに、適当に選んだ酒をカゴの中へと入れた。 せめて、誰かの口に合ってくれることを願うばかりである。 それから、アイス売り場へ向かう──その前に、道なりのスイーツコーナーをのぞく。 並べられているのは、所謂コンビニスイーツと呼ばれる類いの菓子だが たまに大物が置いてたりするので、立ち寄った際には必ず見ていくようにしている。 そして、今日は当たりだった。 棚には大きなカップパフェが陳列されていた。 迷うことなくその一つを手に取ると、魂魄ちゃんの視線が向いていることに気付く 無論、俺ではなくカップパフェに なので、俺は二つのカップパフェをカゴの中へと入れる。
「……それ、二つも食べるんですか?」
「違う違う、一つは魂魄さんの分」
「え!? そんな、悪いですよ。 ただでさえ、幽々子様共々お相伴に与らせていただいているのに その上、さらに奢ってもらうなんて──それでは、私が手伝いにきた意味が」
「いいよいいよ、そんなの気にしないで」
魂魄ちゃんは真面目な娘(こ)のようだ。なればこそ、それに報いたいと思ってしまう。 藍さんにはどうしようかな? 何も買ってかないのは憚られる。 ともすれば、何を買っていけばいいものか? お酒だと被ってしまうし、好みとかは分からない。それなのに適当に買って帰ったら 藍さんの嫌いなものでした──なんてことになれば目も当てられない。 ちゃんと聞いとけばよかった。と後悔しても後の祭り 注文を聞きに戻り、それから出直せば間違いはないんだけど そんなことすれば、まず確実に気を使わせてしまう──ので、それだけはNGである。
「魂魄さんは、その、藍さんの好きなもの嫌いなものとかって──知ってる?」
「え。えーっと、すみません」
「うんん、気にしないで 聞いてこなかった俺が悪いんだから──仕方がない、か」
紫さんたちを待たせてもいけないので、遺憾ではあるが藍さんへのモノは後日 改めてということにして、俺はアイスをカゴに入れてレジに向かう。
「ありがとうございましたー」
「あ! 荷物は私が持ちます。 もとより、そのつもりで来たんですから」
確かに、荷物持ちを買って出た魂魄ちゃんに持ってもらうのが筋。 しかしである、酒が入ってることもあってか 俺でも少し重いと感じる。ソレを女の子──それも、会ってから間のない子に持たせる というのは、どうにも気が進まない。
「でも、やっぱり重いから俺が持ってくよ。気持ちだけもらっておくね」
「む、大丈夫です! こう見えても私、毎日鍛錬を積んでるんですから」
なのでやんわりと断ってみるが、魂魄ちゃんも負けじと食い下がってくる。 折衷案として、二人で持つというのもなくはないが それはそれで面倒という考えに到り、俺が折れることでこの話は決着し ようやく帰路へ就けたわけだが── 色々あったこともあり、買い物序でに帰る時の話題を考える。というのを すっかり忘れていたことに、今さらになって思い出した。 慌てて話題を考えるが、それで浮かぶようなら最初から苦労はしてない。 取り敢えず、荷物は平気そうに持っているので一安心ではある。
「重くない?」
「はい。刀より軽いです」
そう笑顔で答える魂魄ちゃん。その屈託のなさに無理は感じられない。 ちょっと誇らしげなのも愛嬌がある。また、そんな魂魄ちゃんの言葉を裏付けるように 腰の後ろには短刀が、小さな背負には野太刀の存在あった。 本物。──なわけないだろう。よくて模造刀、無難に竹刀と言ったところだろう。
「どうしたんですか? みょんな顔して」
「……いや、なんでもないよ。 それより早く帰ろう。待たせたら紫さんたちに悪いし」 「そうですね」
でも、俺にそれを確かめる勇気はなかった。 そんなわけで、程なくして帰宅。 紫さんと西行寺さんは新しいお酒に喜び、藍さんは一品の先延ばしを笑って許してくれた 魂魄ちゃんはカップパフェを美味しそうに食べ それを見た西行寺さんが魂魄ちゃんにおねだりし、それを見るに見かねて自分のを渡す 無論、まだ口を付けたりはしていない。
「さて、それじゃあ──。 夜も更けてきましたし、そろそろ御暇させていただきますわね」
「あら紫、もう帰るの?」
「ええ。今日はお礼ということで伺ったんですもの。 ──でしたのに、もう。幽々子ったら寛ぎ過ぎでしてよ」
そんなこんなで、楽しい時間はあっという間に過ぎていき 別れの時間がやってきた。 それなら片付けをしないとな──と、テーブルへ目を向けてみれば 広がっていたはずのお重やお酒の類いは全部、いつの間にか綺麗さっぱり片付いていた。 が、最近は似たようなことを体験しているので 気になることこそすれ、それ自体に感じる驚きは小さくなっている。 立ち上がる紫さんたちに続くような形で、自分も腰を上げて玄関まで向かう。 「今日は、ありがとうございました」
「お礼は要りませんわ。だって、これは福太郎さんへのお礼なんですもの 寧ろ、お礼を言うのは私の方ですわよ。──ありがとう」
「私も楽しませてもらったわぁ こっちのお酒やお菓子って、とっても美味しいんだもの」
「福太郎さん! 私からもお礼をさせて下さい。 ありがとうございました! このお返しはいつか必ずさせていただきますね!」
「私への品であれば、そこまで気にしなくてもいいわよ」
そして玄関先で、楽しませてもらったことにお礼を述べると 三者三様な言葉が返ってきた。 「これから、しばらくの間は忙しくなるかと思われますので 当分、福太郎さんとお会い出来なくなりますけど──どうか頑張って下さいね。 御機嫌よう」
「はい。また今度」
暫くは会えなくなる。そう言ったからだろう。 帰って行く紫さんたちの姿は、なんだかとても名残惜しく見えてしまい 瞬きの内に消えてしまった後も、しばらくはその場に残り続けてしまうのだった。
◆
そんな別れから、かれこれもう一週間になる。 俺はというと、相変わらず代わり映えのない日々を過ごしていた。 今日も特にすることなく、寝転がりながらテレビを流し見て過ごす
──暇だ。 かといってする事もなければ、したい事だって思い浮かばない。
時間はまだ、昼をちょっと過ぎた辺り お腹もそんなに空いておらず、昼食を摂ろうという気分にもなれなかった。 テレビから視線を外し、仰向けになった時である。 顔の上に何かが落ちてきた。
「っ!?」
突然のことに避けることもできず、落ちてきたソレは俺の顔を強く打ち付ける。 あまり重さも感じられない、軽く沈むくらい柔らかなソレは 俺の鼻と口を覆うように塞いだ。 人肌に暖かく、息苦しくて、息を吸うと香ってくる変わった匂い。 何が落ちてきたのかを識ろうにも、薄暗くて確かめることができなかった。
「うん? 此所は──?」
声が聞こえてくる。声色から女性だと分かるが──判らない。 なんで、家に女性がいるのか? そして、なんでその声が上の方から聞こえてくるのか? しかし、その答えが分かるよりも早く 俺の目は暗がりに慣れ、眼前でまさしく鎮座する下着を目撃してしまう。 つまり、落ちてきたのは──俺の顔に墜ちてきたのは──っ! 女性いいいぃぃぃっ!?
まずいまずいまずいまずいまずいっ! この状況はまずい! 誤解を招いてしまう! というか、なんなんだ!? どうする!? どうしよう!? どうすればいい!? 報せる? いや、報せていいの?
かつてない状況に置かれ、混乱を極める俺の頭は 完全にテンパってしまい、考えをまとめることができなくなっていた。 そんな時である。 鼻と口に加わっていた圧がなくなり、同時に、暗くなっていた視界が明るくなった。 そして──俺の顔に座っていた「女性」改め「女の子」と対面する。 取り敢えず、このままの姿勢を続けるのはまずいので 寝かしていた身体を起こして座り、改めて女の子へと視線を向ける。 その娘の髪型は特徴的で、ウェーブがかった淡い茶色の短髪。 後ろで纏め上げられている髪は、まるでフクロウの羽角か獣耳のようにも見えた。
「ごめんね」
「あーーー……。いや、いいよ。謝らなくて キミが墜ちてきた場所に、たまたま俺の頭があっただけだから」
年頃の女の子からすれば、男の顔に座るなんて嫌に違いない。 例えそれが事故だったとしても──だから、その上で女の子に謝ってもらうのは心苦しく その謝罪だけは取り下げてあげる。 まあそれはそれとして、この子は──どうして? ──どうやって? ──どこから? 俺の顔に墜ちてきたのか? 天井に目を向けてみるが、穴が開いたりはしていない。 というか、そもそもこんな子を家に上げてもない。だのに、この子は何所ともなく現れた 紫さんを彷佛とさせる出遇い方である。
「そう言ってくれると助かるわ。 そうだ。そういえばまだ名乗ってなかったわね。私は豊聡耳神子(とよさとみみのみこ) ──君は?」
「俺は春夏秋冬福太郎。 ……豊聡耳(とよさとみみの)さんの呼びやすい方で呼んでいいよ」
取り敢えず、噛まずに言えたことに安堵する。 それにしても豊聡耳(とよさとみみの)。か、こう言ったら悪いけど変わった苗字だな。 まあ、変わってるって意味では俺も一緒か
「……そう呼ばれたのは初めてだわ。 序でに教えておくけど、神子(のみこ)でもないからね」
「え!? あ! ごめん!」
「私のことは神子(みこ)でいいわ。私も君のことを福太郎と呼ぶから ──それでね、福太郎。君に聞いてほしい話があるの」
聞いてほしいと請われ、それを拒む理由なんてなかったので 二つ返事でそれを了承した俺は、取り敢えず、飲み物を二人分用意するのだった。
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