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東方境外邸
日時: 2016/04/21 03:01
名前: チェシャ狼

この作品は東方Projectの二次小説となります
以下の点にご注意下さい。
・オリジナル男キャラが主人公。
・キャラが原作と違う部分があります。
・メインの舞台が幻想郷ではなく現代となります。

邂逅「怪縁奇縁」
>>1 /後>>2
メンテ

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邂逅「怪縁奇縁」 ( No.1 )
日時: 2016/04/21 03:03
名前: チェシャ狼



邂逅「怪縁奇縁」

 四月、世間では新しい出会いが始まる季節などと云われている。
その御多分に漏れず、俺にも新しい出会いがあった。それこそ将来を変えるほどの
 今年は、例年より温暖な気候だったこともあり
桜は少し早い満開の見頃を迎えたようなので、俺は独り夜の桜並木へと繰り出した。
 点在する外灯に照らされ、土手沿いの桜並木は幻想的な雰囲気で満たされており
そんな夜桜を眺めながら歩いた俺は、中程にあるベンチへと腰を下ろす
流石に深夜ということもあって、同じように夜桜を見物に来ている人影は見当たらない。

「御機嫌よう。──隣、宜しいかしら?」

「え、あ、どうぞ」

 ──だのに、彼女はそんな意識の外から現れた。
 大きな赤いリボンを巻く、ふんわりとした白い帽子を被り
フリルをあしらう紫色のドレスを着た女性は、微笑みを浮かべながらそう問うてくる。
 完全に虚を衝かれた俺は、反射的に了承の言葉を口走ってしまう。
当然、了承を得た女性はベンチに腰を下ろし、その視線を頭上の桜へと向けた。
 なので俺も、桜に視線を戻したかったが──次第に落ち着きを取り戻した頭は
ほんの一瞬、視線を外した間に現れた女性に違和感を覚えはじめ
彼女に向けた視線を桜に戻すことが出来なかった。
 棚上げになるが、この辺は治安がいいとは言え
そもそも、こんな時間に女性が独りで出歩いていること自体妙である。

「……桜を見にきているのではなくて?
そんなに見つめられては、穴があいてしまいますわ」

「あ! いえ、その──すみません」

 そんな俺の視線が煩かったのだろう。やんわりと注意されてしまったので
慌てて彼女に向けていた視線を桜へ戻す。
 しかし、彼女いない暦=年齢なチェリーボーイの俺にとって女性
それも美人と二人きりというのは、何ともいえない居心地が悪さを覚えてしまい
桜を見るという心境にはなれなかった。
 この場から立ち去ればそれで済む話でもあるんだが──
それはそれで、こんな時間、こんな場所に女性を独りにするのも気が引けてしまうのだ。
 
「此処には初めて来たのだけれど──綺麗な桜が咲いているのね」

「そう、ですね。
……詳しくは知りませんけど、桜の名所百選にも選ばれてるらしいですよ」

 そんな理由からこの場に留まり続けていると、なんと女性から話を降ってきたので
地元のことながら、受け売りの情報を彼女に伝える。

「そう。……でも、綺麗な月と雅びやかな夜桜。
これだけでは画竜点睛を欠いているとは思わなくて?」

「はい? え? あ、えーーー……っと」

「ふふっ、察しの悪い殿方ですこと──それとも、女性を焦らすのがお好きなのかしら?
"酒(コレ)"ですわよ、"酒(コ、レ)"
せっかく花見と月見を愉しめるんですもの、"酒(コレ)"が無くてはつまりませんわ」

 女性はそう言いながらに、何所ともなく徳利とお猪口を取り出だすが──
そこでまた違和感を覚えてしまう。というのも、女性は何も持ってなかったはずなのだ。
であれば一体、あの徳利とお猪口は何処から出したのだろうか?
 疑問に思わないはずもなければ、聞いてみたい気持ちが無かったわけではない。だけど
桜と月を肴に一献傾ける女性を見ては、ただ押し黙ることしかできなかった。

「ふう。──貴方も一献いかが?」

「え!? あ、はい。頂きます」

 差し出されたお猪口を受け取ると、女性は徳利のお酒を注いでくれる。
 下戸というわけではないのだが、進んで酒を呑もうと思わない自分にしては珍しい。と
我がことながら思ってしまう。まあ、コレが女性からの誘いだからというのもあるが
それ以上に「酒を呑みたい」と、彼女の酒を呑む所作に魅せられたのもある。
勧められなければ、コンビニの缶チューハイでも買って呑んでいただろう。
 ほんのりと琥珀色に色づく酒には、とろりとした甘みと適度な酸味があった。
舌触りはまろやかで、爽やかな香りは鼻を抜けていく

「ほふぅ……旨い。
ありがとうございます。美味しいですね、このお酒」

「ふふっ、お気に召していただけたようで何よりですわ。
……折角ですし、私にもお酌をして頂けるかしら?」

 返杯しようとしたら、今度は徳利を差し出されたので
ソレとお猪口を交換する形で受け取り、女性のしてくれたようにお酒をお猪口に注ぐ
すると女性は、お猪口に満たした酒を一息に呷る。

「では、ご返杯」

「あ! いえ、もう良いですよ。
一献ってことでしたし、一杯で十分堪能できましたから! ──どうぞ」

 差し出されたお猪口にお酒を注ぎながら、彼女の申し出を断らせてもらう。
 惜しくないと言えば嘘になる。だけど、アレは彼女のお酒なのだ。
徳利の大きさから、内容量はそこまで多くないはず──であれば、彼女が多く呑めるよう
遠慮するのが筋である。
 もっとも、理由はそれだけではない。
 これは俺の性分的なもので、他の人の食べ物にはあまり手を付けたくなく。
例えそれが「食べてみるか?」と、友人から差し出されたものであっても
なんだか気後れしてしまい、結果として遠慮という形になってしまうのだ。

「そう……。遠慮深い殿方なのですのね。
そうですわ。こうして出逢えたのも何かの縁、御名前をお聞かせ頂いてもよろしくて?」

「あ、はい。
俺は春夏秋冬(ひととせ)・福太郎(ふくたろう)って言います。
春夏秋冬(しゅんかしゅうとう)って書いて、春夏秋冬(ひととせ)です」

「縁起のいい御名前ですのね
私の名前は八雲(やくも)・紫(ゆかり)。──どうぞ宜しくお願い致しますわ」

「えっと、こちらこそ?」

 お互いに名乗った後は、特に会話を交わすこともなく
八雲さんは花見と月見の酒に興じ、俺はそんな八雲さんのお酌を続けるが
徳利のお酒はもう殆ど入ってなかったようで、何度目かお酌をしている時のことである
注いでいたお酒は次第に細くなり、やがて完全に止まってしまった。

「あら、もう空になってしまいましたの?
残念ですわ、まだ呑み足りませんのに……致し方ありませんわね」

 俺の手から空の徳利を抜き取ると、取り出した時と同じく何処かへと仕舞い
八雲さんはゆっくりと立ち上がる。

「福太郎さん。
今宵は、貴男のお陰で退屈せずに済みましたわ。──だから、今日のところはこれで
御機嫌よう、いずれまたお会いしましょう」

 酒の切れ目が縁の切れ目。
 八雲さんは微笑みながら一礼し、夜の桜並木の奥へと消えていった。
なので俺も家に帰ることにした。──矢先、不意に人の気配と視線を感じたので
辺りを見渡してみるも、それらしい人影は何処にも見当たらない。
 仕方がないのでそのまま家に帰るが、そんな違和感は家に着くまで続き
精神的に疲れた俺は、風呂に入ったとっとと寝ることにした。



 そんな出遇いから数日が過ぎたある日──。
 今日はバイトもなければ、講義もない丸一日フリーの日だ。
 目を覚ました俺は、朝のルーティンワークをこなしながら今日の予定を考える。
特にコレといった趣味もないので、休日の予定ほど難儀することはない。
しかも、間が悪いことに今日は平日。友達を誘って遊びに行くことも出来ないときた。
まあもっとも、こんな日は今に始まったことでもなし

 取り敢えず、冷蔵庫には後3〜4日分の食料がある。
調味料の方もまだ全然余裕があるし、日用品も買い足したばっかりだから──
買い物に行く必要はない、か。

 だとしても、このまま家で燻ってるつもりはなく
財布と携帯だけ持って家から出た俺は、ママチャリを漫ろに走らせるのだった。
 当てもなく自転車を走らせること数時間。
 特に何の切っ掛けを得ることはできず、自転車で走り回るのにも飽きがきはじめたので
そのまま家路に就くことにする。
序でに、大手ファストフード店に立ち寄ってハンバーガーを買って往く
 それから程なくして家に着き、車のない駐車場に自転車を停めている時だった──。

「御機嫌よう」

 後ろから聞き覚えのある挨拶が投げ掛けられた。
 慌てて振り返ると、其処には日傘を差す八雲さんの姿があった──しかし、重要なのは
問題なのはそこじゃない。
 自転車を駐車場に入れる時、前方には八雲さんの姿は無かったし
途中で抜き去ったわけでもないのだ。だのに、八雲さんは数日前と同様。
何所ともなく忽然と、俺の前に姿を現したのである。これに驚くなという方が難しい。

「あ、えっと、こんにちは」

 以前とは違う居心地の悪さに、会話を切り上げて家へ逃げ込みたい衝動に駆られる。が
流石にそれは八雲さんに失礼だろう──と、なんとか思い留まらせた。
 まあもっとも、踏み止まったところで会話が続くわけもなく
上手く言葉を紡げない俺は、そのまま八雲さんと見合うことしか出来なかった。
すると八雲さんは、その視線を俺の家へと移す

「……此処が、福太郎さんのお家なんですの?」

「ええ、そうですけど……その、八雲さんはどうして此処に?」

「この辺りにはまだ馴染みがないものでして、散歩がてら色々と見て回っておりましたの
そうしましたら偶然、福太郎さんのことをお見掛けしましたので」

「成る程
……えーーーっと、あの、もしよければ案内しましょうか? 一応、地元民ですから」

 家ぐらいしかないこの辺りを見回る彼女を放ってはおけない。
幸い、今日の俺は時間にも余裕がある。──なので、勇気を振り絞って案内役を申し出た
 それから時間にすれば数秒、しかし、俺にとっては長い長い間の後
八雲さんは微笑みながら了承してくれた。それならばと、行ってみたい所を訊ねてみれば
これまた微笑みながら、それは俺に委ねるとの言葉が返ってくる。

 まず駅まで行って、道中と駅周辺の主立った施設を巡ればいいかな?

 ──そして、今に至る。
 取り敢えず歩き出してはみたものの、女性と二人きりで歩くなんて真似したことなく
だから自意識過剰になっているのか? なんだか周囲の視線が気になってしまう。

「……やはり、こちらは発展していますのね」

「まあ、駅が近いですからね」

 田舎でも都会でもない地元の最寄り駅。
 駅ビルはあるし、駅を挟むように大手スーパーも二店ある。
それ以外にも、駅周辺はショッピングゾーンや飲食店が多数出店してるので
店さえ選ばなければ、買い物や食事をする場所に困ることはない。
これに道中の病院を加えれば──もう、案内できるような場所が地元にはなかった。いや
ないこともないが、徒歩だとかなりの距離があるのだ。

 さて、どうしよう?

 ……そんなわけで、知る限りの場所は案内しきってしまった。
 女性に限らず、人を案内すること自体が初めてで
これからどうしていいのか解らない。けど、案内が終わったから「はい、さようなら」と
そんな感じに別れるのは駄目だと思う。

「どうかしまして?」

「あ、いえ。──そうだ! 少し早いですが、夕食でもどうですか?」

 などと考えていた時だった。
不意に八雲さんが訊ねてきたので、咄嗟の思い付きを吟味することなく口走ってしまう。

「折角のお誘い。とても嬉しいのですけど──ごめんなさい。
生憎、今日は持ち合わせがありませんの」

「お金のことは気にしないで下さい。俺の奢りですから」

「そんな、流石に悪いですわ」 

「いえいえ、どうぞご遠慮なく
でなければ誘ってませんし、こんな機会でもないとお金を使わないんで」

 誘った手前というのもあるが、そもそも女性と一緒に出掛けた際には
男の俺が支払いを持つものだと考えているし、
それに独り暮らし故の節制と、無趣味であることも相まって
必要経費ぐらいにしか使わないバイト代は、積もり積もって結構な金額になっているのだ
なので、女性一人奢っても生活費には響かない。

「わかりました。
それでしたら、福太郎さんのお言葉に甘えさせていただきますわね」

「はい。それで──何か食べたいものの希望はありますか?
あ! あと、食べれないものとかあるなら教えて下さい」

「どちらも、特にはございませんわ。……けれど、福太郎さんを煩わせたくありませんし
そう、ですわね。あの店に致しましょう」

 そういって、八雲さんが指差したのは居酒屋。
 好きなものを選んで食べれる店だし、確かに、これはこれでありだろう──というか
店と食べたいものを訊ねた手前、そもそも別の店にするという選択肢はない。
 問題があるとすれば、時間的に開いてるかどうかだが
普通に営業しているようだったので、そのまま店に入ると半個室へと案内された。
 向かい合うように席へ着いた俺は、メニューを取って八雲さんに渡す

「どうぞ」

「ふふっ、ありがとう」

 そして八雲さんが注文を決めている間に、俺もどんな風に注文をしていくかを考える。
 一人でがっつり食べるような品は当然NGとして
八雲さんの食べる量も分からないし、分けることを前提にした注文も控えるべきか
となると、盛り合わせ系がベストかな? 色んな料理も楽しめるし、量もそこそこあるし
ただ、夕食とするには役者不足が否めない。──けどまあ、そこは我慢すればいい話。
 あとは取り敢えず、八雲さんと注文が被らないようにするだけだ。
 そんなことを考えていると、店員の人がお通しを持ってきたので
ちょうど手持ち無沙汰だった俺は、ソレをちびちび摘みながら注文が決まるのを待った。

「──どうぞ、福太郎さん。私はもう注文を決めましたので」

「あ、どうも。ありがとうございます。
序でに、何を注文するか伺ってもいいですか? 中皿の料理とか、被ってもアレなので」

「ふふっ……確かに、色々な味が楽しめる方がよいですものね。
私はこの鶏の一夜干しと、軟骨入り手捏ねへらつくね。あとは日本酒ですわ」

「成る程、ありがとうございます」

 普通に酒の肴って感じか。……なら、俺もそれに沿う感じで
天ぷらの盛り合わせと刺身の盛り合わせ、それから唐揚げに牛タンの南蛮味噌添えかな?
飲み物は烏龍茶にでもしとくか
 八雲さんから受け取ったメニューを流し見ながら、予め考えていた料理を選りすぐり
そこに自分が食べたい料理を加える。それから店員を呼んで、決まった注文を伝えた。

「沢山お食べになりますのね」

「いえいえいえ、流石に独りで食べたりなんかしませんよ。
だから、八雲さんも遠慮なく食べていいですから」

 注文も済んだので、一息つけると思ったのも束の間。八雲さんが口火を切ってくる。
 料理が運ばれてくるまで、変に間が空いても辛いところだったので
こうやって話を振ってくれるのは、気は休まらないもののありがたくはあった。

「あら、そうなんですの? それでは、ありがたく頂戴させていただきますわね。
──ところで、福太郎さんはお酒を頼まなくてよろしかったんですの?」

「ええ、まあ……その、あんまり好みじゃないんですよね
だから呑めはするんですけど、そこまで呑もうとは思わないんですよ」

「そうでしたの──それは、大変ですわね。きっと」 

「まあ嫌いじゃないですし、呑めないってわけでもないですからね
大変だとは思ってないですよ。──寧ろ、いつもと違う雰囲気を楽しんでるぐらいです」

 そんな八雲さんの質問や疑問に応じることしばらく
注文していた料理が運ばれてきたので、俺と八雲さんはそこで一旦会話を区切り
運ばれてきた料理へと箸をのばす
 それらの料理はどれも美味しかった。
 適当に選んだ店だけど、どうやらこの店は当たりだったようだ。まあそれは兎も角
当初の予定通り、八雲さんと分け合うように料理を食べる。

「他に食べたいものとかありますか?」

「いいえ、そのお気持ちだけで十分ですわ。
それに、今日は外食をしてくると伝えておりませんの──だから」

「あーーー、はい。
というか、なんかすみませんでした。もし、そのせいで怒られるようなことがあったら
どうぞ、気兼ねなく俺を悪者にしちゃって下さい」

 やってしまった。思いつきで行動した結果がこれである
八雲さんは勿論、八雲さんのことを家で待ってる人には悪いことをしてしまった。
 後悔先に立たずとはよくいったものだ。
 流石に凹んでいたら、八雲さんに「私も楽しかったですし、気にしないで下さい」と
フォローまでさせてしまい、なおさら凹みそうになってしまうが──慌てて気を取り直し
さっさと会計を済まして店を出た。

「御馳走様でした。
このお礼は、近い内に必ずさせていただきますわ」

「ええっ!? いや、いいですよ。そんな──お礼だなんて
俺が勝手にしたことですし、それにご迷惑もかけてしまいましたから」

「それでも、ですわ。
でないと、私の気が済みませんの……どうしても、と仰られるのでしたら
私も勝手にして差し上げるだけですわ」

「……分かりました。
素直にそのお礼を受けさせていただきますから
なので、そんな自分を悪者にするようなことしないで下さい!」

 そんな俺の言葉を聞き、八雲さんは笑顔を浮かべて見せる。
 もう立つ瀬がない。
 それから互いに別れを交わし、例の如く、瞬きする間に消える八雲さんを見送った後
俺は精神的に疲れた体に鞭打って帰路に就いた。……そして、そんな俺を待っていたのは
冷えきったハンバーガーという追い打ちであり、なおさら凹んだのはいうまでもない。

メンテ
邂逅「怪縁奇縁」 ( No.2 )
日時: 2016/04/22 21:19
名前: チェシャ狼

 八雲さんとの食事から数日が過ぎた。しかし、八雲さんは未だに姿を現さなかった。
ちゃんと日取りを決めたわけじゃないし、単に都合が合わないだけなのかもしれないが
個人的には、あの食事の一件が尾を引いてるからじゃないかと睨んでいる。
 まあ気にし過ぎても毒なので、いつものように適当なテレビを流し見て暇を潰す

 そろそろ飯にでもするかな。

 そう思い立ち、腰を上げた時である。
 そんな出鼻を挫くように、来訪者を告げるチャイムの音が部屋に響いた。
「こんな時間に誰だろう?」や「もしかして、八雲さんだったりして」とか考えながら
玄関に向かい、ドアを開けると──其処には案の定。八雲さんが立っていた。
それも、複数人の女性を連れて

「御機嫌よう。
約束していました通り、お礼をしに参りましたわ
──なので就きましては、福太郎さんのお家に上がらせてほしいのですけど
よろしいかしら?」

「あ、はい。どうぞ」

 見られて困るものもなければ、散らかしようのない部屋なので
特に拒む理由もなかった俺は、八雲さんと連れの女性(ひと)を家の中へと招き入れ
取り敢えず、居間の方に案内する。

「いま飲み物もってきますので、適当にくつろいでて下さい」

「ふふっ、もう福太郎さんてば何を仰っているんですの?
ホラ、支度はとうに済んでおりましてよ。主賓の貴男が座らないと始まりませんわ」

 それを呼び止める声に振り向くと、何もなかったテーブルにお重とお酒が広がっていた
 例の如く八雲さんをはじめ、他の女性(ひと)も何も持っていなかったはずだが──
まあ今に始まったことでもないので、取り敢えず八雲さんが招いている場所へ腰を下ろす

「……ところで、八雲さん。
こちらの女性(ひと)たちはどちら様なんでしょうか?」

「あら、ごめんなさい。
私は西行寺幽々子(さいぎょうじゆゆこ)。よろしくね、福太郎さん」

「私は幽々子様の警護役で、魂魄妖夢(こんぱくようむ)といいます」

 八雲さんに訊ねたのだが、答えは当人たちから返ってくる。
 フリルをあしらった着物を着る、ウェーブがかった桃色髪の女性──西行寺さん。
 ワイシャツに緑色のベストとスカートを着ける、白髪の女の子──魂魄ちゃん。

「私は八雲藍。しき──」

「藍」

 しき? 「しき」なんだろうか?
 八雲さんに名前を呼ばれた八雲──紫さんに呼ばれた藍さんは「なんでもない」と
そのまま口を噤んでしまい、その先に続く言葉は判らなかった。
 そんな藍さんは、紫さんと同じく綺麗な金髪で
ゆったりとした長袖ロングスカートに、青い前掛けを被せた民族衣装っぽい服を着ている
 ……未だかつて、これだけ大勢の女性。
しかも、美人が家に来たことはあっただろうか? いや、ない! けど、だからだろう。
慣れ親しんだはずの家は、今だけはとても居心地が悪かった。

「あ! 俺の名前は春夏秋冬(ひととせ)・福太郎(ふくたろう)です。
春夏秋冬(しゅんかしゅうとう)の春夏秋冬(ひととせ)です」

「それでは、自己紹介も済んだことですし──どうぞ、遠慮なく召し上がって下さいな」

「あ、ありがとうございます。いただきます」

 差し出された取り皿と箸を受け取る──しかし、此所は自分の家。
とうぜん自分用の箸も有れば、取り皿だって何枚かは置いてある。あるんだけど
紫さんの善意を無碍にはできない。西行寺さんに至ってはもう食べ始めちゃってるし
 お重には煮物、おひたし、和え物、出汁巻き卵など
和食の品々が取り揃えており、それの他にはお重一杯のいなり寿司があった。
取り敢えず、適当に選り抜いて口に運ぶ

「美味しい」

「良かった。口に合ったようね」

「え。これ、藍さんが作ったんですか?」

「ええ、そうよ」

 まさか、この料理を作ったのが藍さんだとは思わなんだ──というか
母親以外の女の人が作ってくれた料理とか、食べたのなんて初めかもしれないな。うん
 それから考えると、ここ最近の俺は恐いぐらい恵まれてる気がする。
手料理は勿論、こんな風に女の人たち──しかも美人と食卓を囲えるなんてなあ
想ってはいたけど、実現するとは思わなかった。

「ところで、藍さんと魂魄さんは何となく分かるんですけど
西行寺さんは、どうしてこんなところに?」

「それはね、福太郎さんに一目お会いしたかったからよ
だって紫ったら、最近あなたの話ばっかりするんだもの──だからね。
私も気になっちゃって、お相伴に与って会いにきちゃった」

 可愛らしい笑みを浮かべながらそう言う西行寺さん。
 紫さんが俺の話をしていた事とか、西行寺さんにどんな話をしたのか? 
それはそれで気になるが──それ以上に、
こんな俺なんかに会いたいからと、出向いて来た西行寺さんに申し訳なく思ってしまう。

「それは……なんというか、すみません」

「あら? なんで謝るの」

「え!? あ。いや、ご期待に添えるような面白い男じゃなくて                 
西行寺さんのことがっかりさせたかな。と──あ! そうだ、思い出した!
藍さん、この間は済みませんでした」

 謝り序でというわけじゃないが、引き金にそのことを思い出した俺は
藍さんにも謝罪することにした。

「はい? あの、この間って?」

「俺が紫さんと食事をした日のことです。
俺が紫さんを食事に誘ったせいで、藍さんには心配させてしまったかな──と」

 そんな負い目のせいで、今回みたいなことを考えてしまったのだ。
 こうして会いに来てくれた以上、そんな考えは杞憂だと分かってはいるのだが
だからって、謝らないでいいってことにはならないし
自分なりに決着をつけて、気持ちをすっきりさせておきたい。

「ああ、あの時のことね。
大丈夫よ、あんなの問題の内に入らないわ」

「え。あ、よかった。
……その、以後気をつけます」

 すると、拍子抜けするぐらいあっさりと許された。
 軽めの注意くらいはされるかと思ったのに、まさかそれすらないとは思わなかった。
                              
「うふふっ
本当、妖夢みたいに真面目な殿方(ひと)。──ねぇ、お酌をして下さる?」

 悶々としていても仕方がないので、西行寺さんから差し出された杯にお酒を注ぎ入れる
すると、紫さんが自分にもと杯を差し出してきた。
断る理由もないので、その杯にもお酒を注ぐ
 結果、紫さんと西行寺さんの二人から返杯を受けることになり
変な気分を振払いたかった俺は、二杯の酒を一息で呷るのだった。──流石に効いた。

「──あら? もうお酒がなくなっちゃったわ」

「もう、宴会でもないのに幽々子が呑み過ぎるからよ」

「じゃあ、俺が買ってきますよ」

 酔い覚ましと気分転換をするのにはもってこいだ。ついでにアイスでも買ってこよう。
そんなことを考えながら腰を上げると、何故か魂魄ちゃんも同じように立ち上がり
困惑する俺に「でしたら、自分も一緒にいきます」と申し出てきた。

「このまま相伴に預かるだけ、というのも気が引けてしまって
だから、荷物持ちの一つぐらいはさせて下さい」

「私からもお願いしていいかしら?」

「分かりました」

 まあ魂魄ちゃんの気持ちも分かるし、西行寺さんからもお願いされちゃった以上
変に問答する必要もないだろう。
 最後にお酒のリクエストを訊き、俺は魂魄ちゃんを伴い「適当に色んなお酒」を買いに
一応100円均一を謳っている、二十四時間経営の小売店へと向かうのだった。
 目的の店は、家から五分も掛からないくらい近所にある。──あるはずなのだ。
だのに女の子と無言で歩くだけで、それ以上の時間の経過を感じてしまう。
 適当な話をしようにも、初対面の女の子と何を話せというのか?
初対面でなくても苦労してるというのに、
とはいえ、帰りもこんな気分で歩くのは嫌だ。
なんとしてでも、帰るまでには話題の一つでも見付けておかなければ──!
 そんな決意新たにして、俺は店の中へと入るのだった。

「……凄い、明るい。
それに、色んなモノがあるんですね」

「そうだね、おかげで助かってるよ。
ところで、魂魄さんに聞きたいんだけど──西行寺さんのお酒の好みとか、知ってる?」

「いえ。
……ただ、特別贔屓にしてるモノはないですね」

「そっか」

 本人たちは適当って言ってたけど、どうせ買うなら呑む人が美味しく呑めるのがいい。
ので、参考になればと魂魄ちゃんに訊いてみるものの──空振り
 そういうことなら仕方がない。
俺はリクエストされていた通りに、適当に選んだ酒をカゴの中へと入れた。
せめて、誰かの口に合ってくれることを願うばかりである。
 それから、アイス売り場へ向かう──その前に、道なりのスイーツコーナーをのぞく。
並べられているのは、所謂コンビニスイーツと呼ばれる類いの菓子だが
たまに大物が置いてたりするので、立ち寄った際には必ず見ていくようにしている。
そして、今日は当たりだった。
 棚には大きなカップパフェが陳列されていた。
 迷うことなくその一つを手に取ると、魂魄ちゃんの視線が向いていることに気付く
無論、俺ではなくカップパフェに
 なので、俺は二つのカップパフェをカゴの中へと入れる。

「……それ、二つも食べるんですか?」

「違う違う、一つは魂魄さんの分」

「え!? そんな、悪いですよ。
ただでさえ、幽々子様共々お相伴に与らせていただいているのに
その上、さらに奢ってもらうなんて──それでは、私が手伝いにきた意味が」

「いいよいいよ、そんなの気にしないで」

 魂魄ちゃんは真面目な娘(こ)のようだ。なればこそ、それに報いたいと思ってしまう。
 藍さんにはどうしようかな? 何も買ってかないのは憚られる。
ともすれば、何を買っていけばいいものか?
お酒だと被ってしまうし、好みとかは分からない。それなのに適当に買って帰ったら
藍さんの嫌いなものでした──なんてことになれば目も当てられない。
 ちゃんと聞いとけばよかった。と後悔しても後の祭り
 注文を聞きに戻り、それから出直せば間違いはないんだけど
そんなことすれば、まず確実に気を使わせてしまう──ので、それだけはNGである。

「魂魄さんは、その、藍さんの好きなもの嫌いなものとかって──知ってる?」

「え。えーっと、すみません」

「うんん、気にしないで
聞いてこなかった俺が悪いんだから──仕方がない、か」

 紫さんたちを待たせてもいけないので、遺憾ではあるが藍さんへのモノは後日
改めてということにして、俺はアイスをカゴに入れてレジに向かう。

「ありがとうございましたー」

「あ! 荷物は私が持ちます。
もとより、そのつもりで来たんですから」

 確かに、荷物持ちを買って出た魂魄ちゃんに持ってもらうのが筋。
 しかしである、酒が入ってることもあってか
俺でも少し重いと感じる。ソレを女の子──それも、会ってから間のない子に持たせる
というのは、どうにも気が進まない。

「でも、やっぱり重いから俺が持ってくよ。気持ちだけもらっておくね」

「む、大丈夫です!
こう見えても私、毎日鍛錬を積んでるんですから」

 なのでやんわりと断ってみるが、魂魄ちゃんも負けじと食い下がってくる。
 折衷案として、二人で持つというのもなくはないが
それはそれで面倒という考えに到り、俺が折れることでこの話は決着し
ようやく帰路へ就けたわけだが──
 色々あったこともあり、買い物序でに帰る時の話題を考える。というのを
すっかり忘れていたことに、今さらになって思い出した。
 慌てて話題を考えるが、それで浮かぶようなら最初から苦労はしてない。
 取り敢えず、荷物は平気そうに持っているので一安心ではある。

「重くない?」

「はい。刀より軽いです」

 そう笑顔で答える魂魄ちゃん。その屈託のなさに無理は感じられない。
ちょっと誇らしげなのも愛嬌がある。また、そんな魂魄ちゃんの言葉を裏付けるように
腰の後ろには短刀が、小さな背負には野太刀の存在あった。
 本物。──なわけないだろう。よくて模造刀、無難に竹刀と言ったところだろう。

「どうしたんですか? みょんな顔して」

「……いや、なんでもないよ。
それより早く帰ろう。待たせたら紫さんたちに悪いし」
 
「そうですね」

 でも、俺にそれを確かめる勇気はなかった。
 そんなわけで、程なくして帰宅。
紫さんと西行寺さんは新しいお酒に喜び、藍さんは一品の先延ばしを笑って許してくれた
魂魄ちゃんはカップパフェを美味しそうに食べ
それを見た西行寺さんが魂魄ちゃんにおねだりし、それを見るに見かねて自分のを渡す
無論、まだ口を付けたりはしていない。

「さて、それじゃあ──。
夜も更けてきましたし、そろそろ御暇させていただきますわね」

「あら紫、もう帰るの?」

「ええ。今日はお礼ということで伺ったんですもの。
──でしたのに、もう。幽々子ったら寛ぎ過ぎでしてよ」

 そんなこんなで、楽しい時間はあっという間に過ぎていき
別れの時間がやってきた。
 それなら片付けをしないとな──と、テーブルへ目を向けてみれば
広がっていたはずのお重やお酒の類いは全部、いつの間にか綺麗さっぱり片付いていた。
が、最近は似たようなことを体験しているので
気になることこそすれ、それ自体に感じる驚きは小さくなっている。
 立ち上がる紫さんたちに続くような形で、自分も腰を上げて玄関まで向かう。
 
「今日は、ありがとうございました」

「お礼は要りませんわ。だって、これは福太郎さんへのお礼なんですもの
寧ろ、お礼を言うのは私の方ですわよ。──ありがとう」

「私も楽しませてもらったわぁ
こっちのお酒やお菓子って、とっても美味しいんだもの」

「福太郎さん! 私からもお礼をさせて下さい。
ありがとうございました! このお返しはいつか必ずさせていただきますね!」

「私への品であれば、そこまで気にしなくてもいいわよ」

 そして玄関先で、楽しませてもらったことにお礼を述べると
三者三様な言葉が返ってきた。
 
「これから、しばらくの間は忙しくなるかと思われますので
当分、福太郎さんとお会い出来なくなりますけど──どうか頑張って下さいね。
御機嫌よう」

「はい。また今度」

 暫くは会えなくなる。そう言ったからだろう。
帰って行く紫さんたちの姿は、なんだかとても名残惜しく見えてしまい
瞬きの内に消えてしまった後も、しばらくはその場に残り続けてしまうのだった。



 そんな別れから、かれこれもう一週間になる。
 俺はというと、相変わらず代わり映えのない日々を過ごしていた。
今日も特にすることなく、寝転がりながらテレビを流し見て過ごす

 ──暇だ。
かといってする事もなければ、したい事だって思い浮かばない。

 時間はまだ、昼をちょっと過ぎた辺り
お腹もそんなに空いておらず、昼食を摂ろうという気分にもなれなかった。
 テレビから視線を外し、仰向けになった時である。
 顔の上に何かが落ちてきた。

「っ!?」

 突然のことに避けることもできず、落ちてきたソレは俺の顔を強く打ち付ける。
 あまり重さも感じられない、軽く沈むくらい柔らかなソレは
俺の鼻と口を覆うように塞いだ。
 人肌に暖かく、息苦しくて、息を吸うと香ってくる変わった匂い。
何が落ちてきたのかを識ろうにも、薄暗くて確かめることができなかった。

「うん? 此所は──?」

 声が聞こえてくる。声色から女性だと分かるが──判らない。
なんで、家に女性がいるのか? そして、なんでその声が上の方から聞こえてくるのか?
 しかし、その答えが分かるよりも早く
俺の目は暗がりに慣れ、眼前でまさしく鎮座する下着を目撃してしまう。
つまり、落ちてきたのは──俺の顔に墜ちてきたのは──っ! 女性いいいぃぃぃっ!?

 まずいまずいまずいまずいまずいっ!
この状況はまずい! 誤解を招いてしまう! というか、なんなんだ!?
どうする!? どうしよう!? どうすればいい!? 報せる? いや、報せていいの?

 かつてない状況に置かれ、混乱を極める俺の頭は
完全にテンパってしまい、考えをまとめることができなくなっていた。
 そんな時である。
 鼻と口に加わっていた圧がなくなり、同時に、暗くなっていた視界が明るくなった。
そして──俺の顔に座っていた「女性」改め「女の子」と対面する。
 取り敢えず、このままの姿勢を続けるのはまずいので
寝かしていた身体を起こして座り、改めて女の子へと視線を向ける。
 その娘の髪型は特徴的で、ウェーブがかった淡い茶色の短髪。
後ろで纏め上げられている髪は、まるでフクロウの羽角か獣耳のようにも見えた。

「ごめんね」

「あーーー……。いや、いいよ。謝らなくて
キミが墜ちてきた場所に、たまたま俺の頭があっただけだから」

 年頃の女の子からすれば、男の顔に座るなんて嫌に違いない。
例えそれが事故だったとしても──だから、その上で女の子に謝ってもらうのは心苦しく
その謝罪だけは取り下げてあげる。
 まあそれはそれとして、この子は──どうして? ──どうやって? ──どこから?
俺の顔に墜ちてきたのか?
 天井に目を向けてみるが、穴が開いたりはしていない。
というか、そもそもこんな子を家に上げてもない。だのに、この子は何所ともなく現れた
紫さんを彷佛とさせる出遇い方である。

「そう言ってくれると助かるわ。
そうだ。そういえばまだ名乗ってなかったわね。私は豊聡耳神子(とよさとみみのみこ)
──君は?」

「俺は春夏秋冬福太郎。
……豊聡耳(とよさとみみの)さんの呼びやすい方で呼んでいいよ」

 取り敢えず、噛まずに言えたことに安堵する。
 それにしても豊聡耳(とよさとみみの)。か、こう言ったら悪いけど変わった苗字だな。
まあ、変わってるって意味では俺も一緒か

「……そう呼ばれたのは初めてだわ。
序でに教えておくけど、神子(のみこ)でもないからね」

「え!? あ! ごめん!」

「私のことは神子(みこ)でいいわ。私も君のことを福太郎と呼ぶから
──それでね、福太郎。君に聞いてほしい話があるの」

 聞いてほしいと請われ、それを拒む理由なんてなかったので
二つ返事でそれを了承した俺は、取り敢えず、飲み物を二人分用意するのだった。
 
メンテ

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