邂逅「怪縁奇縁」 ( No.1 ) |
- 日時: 2016/04/21 03:03
- 名前: チェシャ狼
邂逅「怪縁奇縁」
四月、世間では新しい出会いが始まる季節などと云われている。 その御多分に漏れず、俺にも新しい出会いがあった。それこそ将来を変えるほどの 今年は、例年より温暖な気候だったこともあり 桜は少し早い満開の見頃を迎えたようなので、俺は独り夜の桜並木へと繰り出した。 点在する外灯に照らされ、土手沿いの桜並木は幻想的な雰囲気で満たされており そんな夜桜を眺めながら歩いた俺は、中程にあるベンチへと腰を下ろす 流石に深夜ということもあって、同じように夜桜を見物に来ている人影は見当たらない。
「御機嫌よう。──隣、宜しいかしら?」
「え、あ、どうぞ」
──だのに、彼女はそんな意識の外から現れた。 大きな赤いリボンを巻く、ふんわりとした白い帽子を被り フリルをあしらう紫色のドレスを着た女性は、微笑みを浮かべながらそう問うてくる。 完全に虚を衝かれた俺は、反射的に了承の言葉を口走ってしまう。 当然、了承を得た女性はベンチに腰を下ろし、その視線を頭上の桜へと向けた。 なので俺も、桜に視線を戻したかったが──次第に落ち着きを取り戻した頭は ほんの一瞬、視線を外した間に現れた女性に違和感を覚えはじめ 彼女に向けた視線を桜に戻すことが出来なかった。 棚上げになるが、この辺は治安がいいとは言え そもそも、こんな時間に女性が独りで出歩いていること自体妙である。
「……桜を見にきているのではなくて? そんなに見つめられては、穴があいてしまいますわ」
「あ! いえ、その──すみません」
そんな俺の視線が煩かったのだろう。やんわりと注意されてしまったので 慌てて彼女に向けていた視線を桜へ戻す。 しかし、彼女いない暦=年齢なチェリーボーイの俺にとって女性 それも美人と二人きりというのは、何ともいえない居心地が悪さを覚えてしまい 桜を見るという心境にはなれなかった。 この場から立ち去ればそれで済む話でもあるんだが── それはそれで、こんな時間、こんな場所に女性を独りにするのも気が引けてしまうのだ。 「此処には初めて来たのだけれど──綺麗な桜が咲いているのね」
「そう、ですね。 ……詳しくは知りませんけど、桜の名所百選にも選ばれてるらしいですよ」
そんな理由からこの場に留まり続けていると、なんと女性から話を降ってきたので 地元のことながら、受け売りの情報を彼女に伝える。
「そう。……でも、綺麗な月と雅びやかな夜桜。 これだけでは画竜点睛を欠いているとは思わなくて?」
「はい? え? あ、えーーー……っと」
「ふふっ、察しの悪い殿方ですこと──それとも、女性を焦らすのがお好きなのかしら? "酒(コレ)"ですわよ、"酒(コ、レ)" せっかく花見と月見を愉しめるんですもの、"酒(コレ)"が無くてはつまりませんわ」
女性はそう言いながらに、何所ともなく徳利とお猪口を取り出だすが── そこでまた違和感を覚えてしまう。というのも、女性は何も持ってなかったはずなのだ。 であれば一体、あの徳利とお猪口は何処から出したのだろうか? 疑問に思わないはずもなければ、聞いてみたい気持ちが無かったわけではない。だけど 桜と月を肴に一献傾ける女性を見ては、ただ押し黙ることしかできなかった。
「ふう。──貴方も一献いかが?」
「え!? あ、はい。頂きます」
差し出されたお猪口を受け取ると、女性は徳利のお酒を注いでくれる。 下戸というわけではないのだが、進んで酒を呑もうと思わない自分にしては珍しい。と 我がことながら思ってしまう。まあ、コレが女性からの誘いだからというのもあるが それ以上に「酒を呑みたい」と、彼女の酒を呑む所作に魅せられたのもある。 勧められなければ、コンビニの缶チューハイでも買って呑んでいただろう。 ほんのりと琥珀色に色づく酒には、とろりとした甘みと適度な酸味があった。 舌触りはまろやかで、爽やかな香りは鼻を抜けていく
「ほふぅ……旨い。 ありがとうございます。美味しいですね、このお酒」
「ふふっ、お気に召していただけたようで何よりですわ。 ……折角ですし、私にもお酌をして頂けるかしら?」
返杯しようとしたら、今度は徳利を差し出されたので ソレとお猪口を交換する形で受け取り、女性のしてくれたようにお酒をお猪口に注ぐ すると女性は、お猪口に満たした酒を一息に呷る。
「では、ご返杯」
「あ! いえ、もう良いですよ。 一献ってことでしたし、一杯で十分堪能できましたから! ──どうぞ」
差し出されたお猪口にお酒を注ぎながら、彼女の申し出を断らせてもらう。 惜しくないと言えば嘘になる。だけど、アレは彼女のお酒なのだ。 徳利の大きさから、内容量はそこまで多くないはず──であれば、彼女が多く呑めるよう 遠慮するのが筋である。 もっとも、理由はそれだけではない。 これは俺の性分的なもので、他の人の食べ物にはあまり手を付けたくなく。 例えそれが「食べてみるか?」と、友人から差し出されたものであっても なんだか気後れしてしまい、結果として遠慮という形になってしまうのだ。
「そう……。遠慮深い殿方なのですのね。 そうですわ。こうして出逢えたのも何かの縁、御名前をお聞かせ頂いてもよろしくて?」
「あ、はい。 俺は春夏秋冬(ひととせ)・福太郎(ふくたろう)って言います。 春夏秋冬(しゅんかしゅうとう)って書いて、春夏秋冬(ひととせ)です」
「縁起のいい御名前ですのね 私の名前は八雲(やくも)・紫(ゆかり)。──どうぞ宜しくお願い致しますわ」
「えっと、こちらこそ?」
お互いに名乗った後は、特に会話を交わすこともなく 八雲さんは花見と月見の酒に興じ、俺はそんな八雲さんのお酌を続けるが 徳利のお酒はもう殆ど入ってなかったようで、何度目かお酌をしている時のことである 注いでいたお酒は次第に細くなり、やがて完全に止まってしまった。
「あら、もう空になってしまいましたの? 残念ですわ、まだ呑み足りませんのに……致し方ありませんわね」
俺の手から空の徳利を抜き取ると、取り出した時と同じく何処かへと仕舞い 八雲さんはゆっくりと立ち上がる。
「福太郎さん。 今宵は、貴男のお陰で退屈せずに済みましたわ。──だから、今日のところはこれで 御機嫌よう、いずれまたお会いしましょう」
酒の切れ目が縁の切れ目。 八雲さんは微笑みながら一礼し、夜の桜並木の奥へと消えていった。 なので俺も家に帰ることにした。──矢先、不意に人の気配と視線を感じたので 辺りを見渡してみるも、それらしい人影は何処にも見当たらない。 仕方がないのでそのまま家に帰るが、そんな違和感は家に着くまで続き 精神的に疲れた俺は、風呂に入ったとっとと寝ることにした。
◆
そんな出遇いから数日が過ぎたある日──。 今日はバイトもなければ、講義もない丸一日フリーの日だ。 目を覚ました俺は、朝のルーティンワークをこなしながら今日の予定を考える。 特にコレといった趣味もないので、休日の予定ほど難儀することはない。 しかも、間が悪いことに今日は平日。友達を誘って遊びに行くことも出来ないときた。 まあもっとも、こんな日は今に始まったことでもなし
取り敢えず、冷蔵庫には後3〜4日分の食料がある。 調味料の方もまだ全然余裕があるし、日用品も買い足したばっかりだから── 買い物に行く必要はない、か。
だとしても、このまま家で燻ってるつもりはなく 財布と携帯だけ持って家から出た俺は、ママチャリを漫ろに走らせるのだった。 当てもなく自転車を走らせること数時間。 特に何の切っ掛けを得ることはできず、自転車で走り回るのにも飽きがきはじめたので そのまま家路に就くことにする。 序でに、大手ファストフード店に立ち寄ってハンバーガーを買って往く それから程なくして家に着き、車のない駐車場に自転車を停めている時だった──。
「御機嫌よう」
後ろから聞き覚えのある挨拶が投げ掛けられた。 慌てて振り返ると、其処には日傘を差す八雲さんの姿があった──しかし、重要なのは 問題なのはそこじゃない。 自転車を駐車場に入れる時、前方には八雲さんの姿は無かったし 途中で抜き去ったわけでもないのだ。だのに、八雲さんは数日前と同様。 何所ともなく忽然と、俺の前に姿を現したのである。これに驚くなという方が難しい。
「あ、えっと、こんにちは」
以前とは違う居心地の悪さに、会話を切り上げて家へ逃げ込みたい衝動に駆られる。が 流石にそれは八雲さんに失礼だろう──と、なんとか思い留まらせた。 まあもっとも、踏み止まったところで会話が続くわけもなく 上手く言葉を紡げない俺は、そのまま八雲さんと見合うことしか出来なかった。 すると八雲さんは、その視線を俺の家へと移す
「……此処が、福太郎さんのお家なんですの?」
「ええ、そうですけど……その、八雲さんはどうして此処に?」
「この辺りにはまだ馴染みがないものでして、散歩がてら色々と見て回っておりましたの そうしましたら偶然、福太郎さんのことをお見掛けしましたので」
「成る程 ……えーーーっと、あの、もしよければ案内しましょうか? 一応、地元民ですから」
家ぐらいしかないこの辺りを見回る彼女を放ってはおけない。 幸い、今日の俺は時間にも余裕がある。──なので、勇気を振り絞って案内役を申し出た それから時間にすれば数秒、しかし、俺にとっては長い長い間の後 八雲さんは微笑みながら了承してくれた。それならばと、行ってみたい所を訊ねてみれば これまた微笑みながら、それは俺に委ねるとの言葉が返ってくる。
まず駅まで行って、道中と駅周辺の主立った施設を巡ればいいかな?
──そして、今に至る。 取り敢えず歩き出してはみたものの、女性と二人きりで歩くなんて真似したことなく だから自意識過剰になっているのか? なんだか周囲の視線が気になってしまう。
「……やはり、こちらは発展していますのね」
「まあ、駅が近いですからね」
田舎でも都会でもない地元の最寄り駅。 駅ビルはあるし、駅を挟むように大手スーパーも二店ある。 それ以外にも、駅周辺はショッピングゾーンや飲食店が多数出店してるので 店さえ選ばなければ、買い物や食事をする場所に困ることはない。 これに道中の病院を加えれば──もう、案内できるような場所が地元にはなかった。いや ないこともないが、徒歩だとかなりの距離があるのだ。
さて、どうしよう?
……そんなわけで、知る限りの場所は案内しきってしまった。 女性に限らず、人を案内すること自体が初めてで これからどうしていいのか解らない。けど、案内が終わったから「はい、さようなら」と そんな感じに別れるのは駄目だと思う。
「どうかしまして?」
「あ、いえ。──そうだ! 少し早いですが、夕食でもどうですか?」
などと考えていた時だった。 不意に八雲さんが訊ねてきたので、咄嗟の思い付きを吟味することなく口走ってしまう。
「折角のお誘い。とても嬉しいのですけど──ごめんなさい。 生憎、今日は持ち合わせがありませんの」
「お金のことは気にしないで下さい。俺の奢りですから」
「そんな、流石に悪いですわ」
「いえいえ、どうぞご遠慮なく でなければ誘ってませんし、こんな機会でもないとお金を使わないんで」
誘った手前というのもあるが、そもそも女性と一緒に出掛けた際には 男の俺が支払いを持つものだと考えているし、 それに独り暮らし故の節制と、無趣味であることも相まって 必要経費ぐらいにしか使わないバイト代は、積もり積もって結構な金額になっているのだ なので、女性一人奢っても生活費には響かない。
「わかりました。 それでしたら、福太郎さんのお言葉に甘えさせていただきますわね」
「はい。それで──何か食べたいものの希望はありますか? あ! あと、食べれないものとかあるなら教えて下さい」
「どちらも、特にはございませんわ。……けれど、福太郎さんを煩わせたくありませんし そう、ですわね。あの店に致しましょう」
そういって、八雲さんが指差したのは居酒屋。 好きなものを選んで食べれる店だし、確かに、これはこれでありだろう──というか 店と食べたいものを訊ねた手前、そもそも別の店にするという選択肢はない。 問題があるとすれば、時間的に開いてるかどうかだが 普通に営業しているようだったので、そのまま店に入ると半個室へと案内された。 向かい合うように席へ着いた俺は、メニューを取って八雲さんに渡す
「どうぞ」
「ふふっ、ありがとう」
そして八雲さんが注文を決めている間に、俺もどんな風に注文をしていくかを考える。 一人でがっつり食べるような品は当然NGとして 八雲さんの食べる量も分からないし、分けることを前提にした注文も控えるべきか となると、盛り合わせ系がベストかな? 色んな料理も楽しめるし、量もそこそこあるし ただ、夕食とするには役者不足が否めない。──けどまあ、そこは我慢すればいい話。 あとは取り敢えず、八雲さんと注文が被らないようにするだけだ。 そんなことを考えていると、店員の人がお通しを持ってきたので ちょうど手持ち無沙汰だった俺は、ソレをちびちび摘みながら注文が決まるのを待った。
「──どうぞ、福太郎さん。私はもう注文を決めましたので」
「あ、どうも。ありがとうございます。 序でに、何を注文するか伺ってもいいですか? 中皿の料理とか、被ってもアレなので」
「ふふっ……確かに、色々な味が楽しめる方がよいですものね。 私はこの鶏の一夜干しと、軟骨入り手捏ねへらつくね。あとは日本酒ですわ」
「成る程、ありがとうございます」
普通に酒の肴って感じか。……なら、俺もそれに沿う感じで 天ぷらの盛り合わせと刺身の盛り合わせ、それから唐揚げに牛タンの南蛮味噌添えかな? 飲み物は烏龍茶にでもしとくか 八雲さんから受け取ったメニューを流し見ながら、予め考えていた料理を選りすぐり そこに自分が食べたい料理を加える。それから店員を呼んで、決まった注文を伝えた。
「沢山お食べになりますのね」
「いえいえいえ、流石に独りで食べたりなんかしませんよ。 だから、八雲さんも遠慮なく食べていいですから」
注文も済んだので、一息つけると思ったのも束の間。八雲さんが口火を切ってくる。 料理が運ばれてくるまで、変に間が空いても辛いところだったので こうやって話を振ってくれるのは、気は休まらないもののありがたくはあった。
「あら、そうなんですの? それでは、ありがたく頂戴させていただきますわね。 ──ところで、福太郎さんはお酒を頼まなくてよろしかったんですの?」
「ええ、まあ……その、あんまり好みじゃないんですよね だから呑めはするんですけど、そこまで呑もうとは思わないんですよ」
「そうでしたの──それは、大変ですわね。きっと」
「まあ嫌いじゃないですし、呑めないってわけでもないですからね 大変だとは思ってないですよ。──寧ろ、いつもと違う雰囲気を楽しんでるぐらいです」
そんな八雲さんの質問や疑問に応じることしばらく 注文していた料理が運ばれてきたので、俺と八雲さんはそこで一旦会話を区切り 運ばれてきた料理へと箸をのばす それらの料理はどれも美味しかった。 適当に選んだ店だけど、どうやらこの店は当たりだったようだ。まあそれは兎も角 当初の予定通り、八雲さんと分け合うように料理を食べる。
「他に食べたいものとかありますか?」
「いいえ、そのお気持ちだけで十分ですわ。 それに、今日は外食をしてくると伝えておりませんの──だから」
「あーーー、はい。 というか、なんかすみませんでした。もし、そのせいで怒られるようなことがあったら どうぞ、気兼ねなく俺を悪者にしちゃって下さい」
やってしまった。思いつきで行動した結果がこれである 八雲さんは勿論、八雲さんのことを家で待ってる人には悪いことをしてしまった。 後悔先に立たずとはよくいったものだ。 流石に凹んでいたら、八雲さんに「私も楽しかったですし、気にしないで下さい」と フォローまでさせてしまい、なおさら凹みそうになってしまうが──慌てて気を取り直し さっさと会計を済まして店を出た。
「御馳走様でした。 このお礼は、近い内に必ずさせていただきますわ」
「ええっ!? いや、いいですよ。そんな──お礼だなんて 俺が勝手にしたことですし、それにご迷惑もかけてしまいましたから」
「それでも、ですわ。 でないと、私の気が済みませんの……どうしても、と仰られるのでしたら 私も勝手にして差し上げるだけですわ」
「……分かりました。 素直にそのお礼を受けさせていただきますから なので、そんな自分を悪者にするようなことしないで下さい!」
そんな俺の言葉を聞き、八雲さんは笑顔を浮かべて見せる。 もう立つ瀬がない。 それから互いに別れを交わし、例の如く、瞬きする間に消える八雲さんを見送った後 俺は精神的に疲れた体に鞭打って帰路に就いた。……そして、そんな俺を待っていたのは 冷えきったハンバーガーという追い打ちであり、なおさら凹んだのはいうまでもない。
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