邂逅「怪縁奇縁」 ( No.2 )
日時: 2016/04/22 21:19
名前: チェシャ狼

 八雲さんとの食事から数日が過ぎた。しかし、八雲さんは未だに姿を現さなかった。
ちゃんと日取りを決めたわけじゃないし、単に都合が合わないだけなのかもしれないが
個人的には、あの食事の一件が尾を引いてるからじゃないかと睨んでいる。
 まあ気にし過ぎても毒なので、いつものように適当なテレビを流し見て暇を潰す

 そろそろ飯にでもするかな。

 そう思い立ち、腰を上げた時である。
 そんな出鼻を挫くように、来訪者を告げるチャイムの音が部屋に響いた。
「こんな時間に誰だろう?」や「もしかして、八雲さんだったりして」とか考えながら
玄関に向かい、ドアを開けると──其処には案の定。八雲さんが立っていた。
それも、複数人の女性を連れて

「御機嫌よう。
約束していました通り、お礼をしに参りましたわ
──なので就きましては、福太郎さんのお家に上がらせてほしいのですけど
よろしいかしら?」

「あ、はい。どうぞ」

 見られて困るものもなければ、散らかしようのない部屋なので
特に拒む理由もなかった俺は、八雲さんと連れの女性(ひと)を家の中へと招き入れ
取り敢えず、居間の方に案内する。

「いま飲み物もってきますので、適当にくつろいでて下さい」

「ふふっ、もう福太郎さんてば何を仰っているんですの?
ホラ、支度はとうに済んでおりましてよ。主賓の貴男が座らないと始まりませんわ」

 それを呼び止める声に振り向くと、何もなかったテーブルにお重とお酒が広がっていた
 例の如く八雲さんをはじめ、他の女性(ひと)も何も持っていなかったはずだが──
まあ今に始まったことでもないので、取り敢えず八雲さんが招いている場所へ腰を下ろす

「……ところで、八雲さん。
こちらの女性(ひと)たちはどちら様なんでしょうか?」

「あら、ごめんなさい。
私は西行寺幽々子(さいぎょうじゆゆこ)。よろしくね、福太郎さん」

「私は幽々子様の警護役で、魂魄妖夢(こんぱくようむ)といいます」

 八雲さんに訊ねたのだが、答えは当人たちから返ってくる。
 フリルをあしらった着物を着る、ウェーブがかった桃色髪の女性──西行寺さん。
 ワイシャツに緑色のベストとスカートを着ける、白髪の女の子──魂魄ちゃん。

「私は八雲藍。しき──」

「藍」

 しき? 「しき」なんだろうか?
 八雲さんに名前を呼ばれた八雲──紫さんに呼ばれた藍さんは「なんでもない」と
そのまま口を噤んでしまい、その先に続く言葉は判らなかった。
 そんな藍さんは、紫さんと同じく綺麗な金髪で
ゆったりとした長袖ロングスカートに、青い前掛けを被せた民族衣装っぽい服を着ている
 ……未だかつて、これだけ大勢の女性。
しかも、美人が家に来たことはあっただろうか? いや、ない! けど、だからだろう。
慣れ親しんだはずの家は、今だけはとても居心地が悪かった。

「あ! 俺の名前は春夏秋冬(ひととせ)・福太郎(ふくたろう)です。
春夏秋冬(しゅんかしゅうとう)の春夏秋冬(ひととせ)です」

「それでは、自己紹介も済んだことですし──どうぞ、遠慮なく召し上がって下さいな」

「あ、ありがとうございます。いただきます」

 差し出された取り皿と箸を受け取る──しかし、此所は自分の家。
とうぜん自分用の箸も有れば、取り皿だって何枚かは置いてある。あるんだけど
紫さんの善意を無碍にはできない。西行寺さんに至ってはもう食べ始めちゃってるし
 お重には煮物、おひたし、和え物、出汁巻き卵など
和食の品々が取り揃えており、それの他にはお重一杯のいなり寿司があった。
取り敢えず、適当に選り抜いて口に運ぶ

「美味しい」

「良かった。口に合ったようね」

「え。これ、藍さんが作ったんですか?」

「ええ、そうよ」

 まさか、この料理を作ったのが藍さんだとは思わなんだ──というか
母親以外の女の人が作ってくれた料理とか、食べたのなんて初めかもしれないな。うん
 それから考えると、ここ最近の俺は恐いぐらい恵まれてる気がする。
手料理は勿論、こんな風に女の人たち──しかも美人と食卓を囲えるなんてなあ
想ってはいたけど、実現するとは思わなかった。

「ところで、藍さんと魂魄さんは何となく分かるんですけど
西行寺さんは、どうしてこんなところに?」

「それはね、福太郎さんに一目お会いしたかったからよ
だって紫ったら、最近あなたの話ばっかりするんだもの──だからね。
私も気になっちゃって、お相伴に与って会いにきちゃった」

 可愛らしい笑みを浮かべながらそう言う西行寺さん。
 紫さんが俺の話をしていた事とか、西行寺さんにどんな話をしたのか? 
それはそれで気になるが──それ以上に、
こんな俺なんかに会いたいからと、出向いて来た西行寺さんに申し訳なく思ってしまう。

「それは……なんというか、すみません」

「あら? なんで謝るの」

「え!? あ。いや、ご期待に添えるような面白い男じゃなくて                 
西行寺さんのことがっかりさせたかな。と──あ! そうだ、思い出した!
藍さん、この間は済みませんでした」

 謝り序でというわけじゃないが、引き金にそのことを思い出した俺は
藍さんにも謝罪することにした。

「はい? あの、この間って?」

「俺が紫さんと食事をした日のことです。
俺が紫さんを食事に誘ったせいで、藍さんには心配させてしまったかな──と」

 そんな負い目のせいで、今回みたいなことを考えてしまったのだ。
 こうして会いに来てくれた以上、そんな考えは杞憂だと分かってはいるのだが
だからって、謝らないでいいってことにはならないし
自分なりに決着をつけて、気持ちをすっきりさせておきたい。

「ああ、あの時のことね。
大丈夫よ、あんなの問題の内に入らないわ」

「え。あ、よかった。
……その、以後気をつけます」

 すると、拍子抜けするぐらいあっさりと許された。
 軽めの注意くらいはされるかと思ったのに、まさかそれすらないとは思わなかった。
                              
「うふふっ
本当、妖夢みたいに真面目な殿方(ひと)。──ねぇ、お酌をして下さる?」

 悶々としていても仕方がないので、西行寺さんから差し出された杯にお酒を注ぎ入れる
すると、紫さんが自分にもと杯を差し出してきた。
断る理由もないので、その杯にもお酒を注ぐ
 結果、紫さんと西行寺さんの二人から返杯を受けることになり
変な気分を振払いたかった俺は、二杯の酒を一息で呷るのだった。──流石に効いた。

「──あら? もうお酒がなくなっちゃったわ」

「もう、宴会でもないのに幽々子が呑み過ぎるからよ」

「じゃあ、俺が買ってきますよ」

 酔い覚ましと気分転換をするのにはもってこいだ。ついでにアイスでも買ってこよう。
そんなことを考えながら腰を上げると、何故か魂魄ちゃんも同じように立ち上がり
困惑する俺に「でしたら、自分も一緒にいきます」と申し出てきた。

「このまま相伴に預かるだけ、というのも気が引けてしまって
だから、荷物持ちの一つぐらいはさせて下さい」

「私からもお願いしていいかしら?」

「分かりました」

 まあ魂魄ちゃんの気持ちも分かるし、西行寺さんからもお願いされちゃった以上
変に問答する必要もないだろう。
 最後にお酒のリクエストを訊き、俺は魂魄ちゃんを伴い「適当に色んなお酒」を買いに
一応100円均一を謳っている、二十四時間経営の小売店へと向かうのだった。
 目的の店は、家から五分も掛からないくらい近所にある。──あるはずなのだ。
だのに女の子と無言で歩くだけで、それ以上の時間の経過を感じてしまう。
 適当な話をしようにも、初対面の女の子と何を話せというのか?
初対面でなくても苦労してるというのに、
とはいえ、帰りもこんな気分で歩くのは嫌だ。
なんとしてでも、帰るまでには話題の一つでも見付けておかなければ──!
 そんな決意新たにして、俺は店の中へと入るのだった。

「……凄い、明るい。
それに、色んなモノがあるんですね」

「そうだね、おかげで助かってるよ。
ところで、魂魄さんに聞きたいんだけど──西行寺さんのお酒の好みとか、知ってる?」

「いえ。
……ただ、特別贔屓にしてるモノはないですね」

「そっか」

 本人たちは適当って言ってたけど、どうせ買うなら呑む人が美味しく呑めるのがいい。
ので、参考になればと魂魄ちゃんに訊いてみるものの──空振り
 そういうことなら仕方がない。
俺はリクエストされていた通りに、適当に選んだ酒をカゴの中へと入れた。
せめて、誰かの口に合ってくれることを願うばかりである。
 それから、アイス売り場へ向かう──その前に、道なりのスイーツコーナーをのぞく。
並べられているのは、所謂コンビニスイーツと呼ばれる類いの菓子だが
たまに大物が置いてたりするので、立ち寄った際には必ず見ていくようにしている。
そして、今日は当たりだった。
 棚には大きなカップパフェが陳列されていた。
 迷うことなくその一つを手に取ると、魂魄ちゃんの視線が向いていることに気付く
無論、俺ではなくカップパフェに
 なので、俺は二つのカップパフェをカゴの中へと入れる。

「……それ、二つも食べるんですか?」

「違う違う、一つは魂魄さんの分」

「え!? そんな、悪いですよ。
ただでさえ、幽々子様共々お相伴に与らせていただいているのに
その上、さらに奢ってもらうなんて──それでは、私が手伝いにきた意味が」

「いいよいいよ、そんなの気にしないで」

 魂魄ちゃんは真面目な娘(こ)のようだ。なればこそ、それに報いたいと思ってしまう。
 藍さんにはどうしようかな? 何も買ってかないのは憚られる。
ともすれば、何を買っていけばいいものか?
お酒だと被ってしまうし、好みとかは分からない。それなのに適当に買って帰ったら
藍さんの嫌いなものでした──なんてことになれば目も当てられない。
 ちゃんと聞いとけばよかった。と後悔しても後の祭り
 注文を聞きに戻り、それから出直せば間違いはないんだけど
そんなことすれば、まず確実に気を使わせてしまう──ので、それだけはNGである。

「魂魄さんは、その、藍さんの好きなもの嫌いなものとかって──知ってる?」

「え。えーっと、すみません」

「うんん、気にしないで
聞いてこなかった俺が悪いんだから──仕方がない、か」

 紫さんたちを待たせてもいけないので、遺憾ではあるが藍さんへのモノは後日
改めてということにして、俺はアイスをカゴに入れてレジに向かう。

「ありがとうございましたー」

「あ! 荷物は私が持ちます。
もとより、そのつもりで来たんですから」

 確かに、荷物持ちを買って出た魂魄ちゃんに持ってもらうのが筋。
 しかしである、酒が入ってることもあってか
俺でも少し重いと感じる。ソレを女の子──それも、会ってから間のない子に持たせる
というのは、どうにも気が進まない。

「でも、やっぱり重いから俺が持ってくよ。気持ちだけもらっておくね」

「む、大丈夫です!
こう見えても私、毎日鍛錬を積んでるんですから」

 なのでやんわりと断ってみるが、魂魄ちゃんも負けじと食い下がってくる。
 折衷案として、二人で持つというのもなくはないが
それはそれで面倒という考えに到り、俺が折れることでこの話は決着し
ようやく帰路へ就けたわけだが──
 色々あったこともあり、買い物序でに帰る時の話題を考える。というのを
すっかり忘れていたことに、今さらになって思い出した。
 慌てて話題を考えるが、それで浮かぶようなら最初から苦労はしてない。
 取り敢えず、荷物は平気そうに持っているので一安心ではある。

「重くない?」

「はい。刀より軽いです」

 そう笑顔で答える魂魄ちゃん。その屈託のなさに無理は感じられない。
ちょっと誇らしげなのも愛嬌がある。また、そんな魂魄ちゃんの言葉を裏付けるように
腰の後ろには短刀が、小さな背負には野太刀の存在あった。
 本物。──なわけないだろう。よくて模造刀、無難に竹刀と言ったところだろう。

「どうしたんですか? みょんな顔して」

「……いや、なんでもないよ。
それより早く帰ろう。待たせたら紫さんたちに悪いし」
 
「そうですね」

 でも、俺にそれを確かめる勇気はなかった。
 そんなわけで、程なくして帰宅。
紫さんと西行寺さんは新しいお酒に喜び、藍さんは一品の先延ばしを笑って許してくれた
魂魄ちゃんはカップパフェを美味しそうに食べ
それを見た西行寺さんが魂魄ちゃんにおねだりし、それを見るに見かねて自分のを渡す
無論、まだ口を付けたりはしていない。

「さて、それじゃあ──。
夜も更けてきましたし、そろそろ御暇させていただきますわね」

「あら紫、もう帰るの?」

「ええ。今日はお礼ということで伺ったんですもの。
──でしたのに、もう。幽々子ったら寛ぎ過ぎでしてよ」

 そんなこんなで、楽しい時間はあっという間に過ぎていき
別れの時間がやってきた。
 それなら片付けをしないとな──と、テーブルへ目を向けてみれば
広がっていたはずのお重やお酒の類いは全部、いつの間にか綺麗さっぱり片付いていた。
が、最近は似たようなことを体験しているので
気になることこそすれ、それ自体に感じる驚きは小さくなっている。
 立ち上がる紫さんたちに続くような形で、自分も腰を上げて玄関まで向かう。
 
「今日は、ありがとうございました」

「お礼は要りませんわ。だって、これは福太郎さんへのお礼なんですもの
寧ろ、お礼を言うのは私の方ですわよ。──ありがとう」

「私も楽しませてもらったわぁ
こっちのお酒やお菓子って、とっても美味しいんだもの」

「福太郎さん! 私からもお礼をさせて下さい。
ありがとうございました! このお返しはいつか必ずさせていただきますね!」

「私への品であれば、そこまで気にしなくてもいいわよ」

 そして玄関先で、楽しませてもらったことにお礼を述べると
三者三様な言葉が返ってきた。
 
「これから、しばらくの間は忙しくなるかと思われますので
当分、福太郎さんとお会い出来なくなりますけど──どうか頑張って下さいね。
御機嫌よう」

「はい。また今度」

 暫くは会えなくなる。そう言ったからだろう。
帰って行く紫さんたちの姿は、なんだかとても名残惜しく見えてしまい
瞬きの内に消えてしまった後も、しばらくはその場に残り続けてしまうのだった。



 そんな別れから、かれこれもう一週間になる。
 俺はというと、相変わらず代わり映えのない日々を過ごしていた。
今日も特にすることなく、寝転がりながらテレビを流し見て過ごす

 ──暇だ。
かといってする事もなければ、したい事だって思い浮かばない。

 時間はまだ、昼をちょっと過ぎた辺り
お腹もそんなに空いておらず、昼食を摂ろうという気分にもなれなかった。
 テレビから視線を外し、仰向けになった時である。
 顔の上に何かが落ちてきた。

「っ!?」

 突然のことに避けることもできず、落ちてきたソレは俺の顔を強く打ち付ける。
 あまり重さも感じられない、軽く沈むくらい柔らかなソレは
俺の鼻と口を覆うように塞いだ。
 人肌に暖かく、息苦しくて、息を吸うと香ってくる変わった匂い。
何が落ちてきたのかを識ろうにも、薄暗くて確かめることができなかった。

「うん? 此所は──?」

 声が聞こえてくる。声色から女性だと分かるが──判らない。
なんで、家に女性がいるのか? そして、なんでその声が上の方から聞こえてくるのか?
 しかし、その答えが分かるよりも早く
俺の目は暗がりに慣れ、眼前でまさしく鎮座する下着を目撃してしまう。
つまり、落ちてきたのは──俺の顔に墜ちてきたのは──っ! 女性いいいぃぃぃっ!?

 まずいまずいまずいまずいまずいっ!
この状況はまずい! 誤解を招いてしまう! というか、なんなんだ!?
どうする!? どうしよう!? どうすればいい!? 報せる? いや、報せていいの?

 かつてない状況に置かれ、混乱を極める俺の頭は
完全にテンパってしまい、考えをまとめることができなくなっていた。
 そんな時である。
 鼻と口に加わっていた圧がなくなり、同時に、暗くなっていた視界が明るくなった。
そして──俺の顔に座っていた「女性」改め「女の子」と対面する。
 取り敢えず、このままの姿勢を続けるのはまずいので
寝かしていた身体を起こして座り、改めて女の子へと視線を向ける。
 その娘の髪型は特徴的で、ウェーブがかった淡い茶色の短髪。
後ろで纏め上げられている髪は、まるでフクロウの羽角か獣耳のようにも見えた。

「ごめんね」

「あーーー……。いや、いいよ。謝らなくて
キミが墜ちてきた場所に、たまたま俺の頭があっただけだから」

 年頃の女の子からすれば、男の顔に座るなんて嫌に違いない。
例えそれが事故だったとしても──だから、その上で女の子に謝ってもらうのは心苦しく
その謝罪だけは取り下げてあげる。
 まあそれはそれとして、この子は──どうして? ──どうやって? ──どこから?
俺の顔に墜ちてきたのか?
 天井に目を向けてみるが、穴が開いたりはしていない。
というか、そもそもこんな子を家に上げてもない。だのに、この子は何所ともなく現れた
紫さんを彷佛とさせる出遇い方である。

「そう言ってくれると助かるわ。
そうだ。そういえばまだ名乗ってなかったわね。私は豊聡耳神子(とよさとみみのみこ)
──君は?」

「俺は春夏秋冬福太郎。
……豊聡耳(とよさとみみの)さんの呼びやすい方で呼んでいいよ」

 取り敢えず、噛まずに言えたことに安堵する。
 それにしても豊聡耳(とよさとみみの)。か、こう言ったら悪いけど変わった苗字だな。
まあ、変わってるって意味では俺も一緒か

「……そう呼ばれたのは初めてだわ。
序でに教えておくけど、神子(のみこ)でもないからね」

「え!? あ! ごめん!」

「私のことは神子(みこ)でいいわ。私も君のことを福太郎と呼ぶから
──それでね、福太郎。君に聞いてほしい話があるの」

 聞いてほしいと請われ、それを拒む理由なんてなかったので
二つ返事でそれを了承した俺は、取り敢えず、飲み物を二人分用意するのだった。