零号機

【名場面】Portrait

[1] 投稿者:j管理人 投稿日時:2021/7/3 22:25 (Sat) No.201

カヲルを殲滅した後、錯乱し自暴\自棄になったシンジは風邪気味の身体でシャワーを浴び続け、
瀕死の状態で病院に運び込まれる。ミサトの命によりシンジの看病についた「3人目」のレイを
当初拒絶したシンジだったが、共に時間を過ごす中で、今のレイも同じ「綾波レイ」で有る事を
自然に受け入れることができるようになっていく。

たまたま知り合った他の入院患者の勧めでレイの肖像画を描くこととなり、それに熱中する
シンジと静かにそれを支えるレイ。シンジにしか描き得ないレイのポートレイトが完成した時、
互いにとって互いが、いかにかけがえのない「あなた」であるか、を確認する二人だったが、
二人にはまだなすべき事が残っていた。

サードインパクト。

再び出会えること、それだけを望む二人は、各々最後の戦いに挑んだ。

[2] 投稿者:管理人 投稿日時:2021/7/3 22:28 (Sat) No.202


 絵を手に取ったまま、ゆっくりと目を閉じる。遠くに聞こえる鳥のさえずり声。肌に感じる柔らかな
陽射しの感触。忘れられたこの部屋で、忘れられたこの時間の中で、確かに生き続けていたものに出会
う事が出来た。自分の中に生きていた彼女の姿。そしてこれからも生き続けるこころ。それで十\分だ、
と思った。ここに来て良かったんだ。

「・・・・・・」

 この世界の何処かにいる筈の“あなた”を想う。僕は君を忘れたりはしない。世界中が君を忘れたと
しても、僕だけは君のことを知っている。誰にも分からなかったけど、とても優しかった君の事を。掛
け替えのないひと、僕の一番大切なひと。きっと君に逢ってみせる。たったひとりのあなたへ続く道。
それがどんなに長くても、僕は最後まで歩いてみせるんだ・・・。


 物音

 彼はそれを確かに耳にした


「・・・・・・?」

 目を開く。変わらぬ部屋の光景。でも何かが違う。今耳にした音を思い起こす。扉。そう、扉が開い
た音だ。瞬間、記憶のフラッシュバック。僕はこの音を知っている。確かに。


 そう
 玄関の扉の音じゃないんだ


 振り返った。そして互いの視線が合った。


 少女
 抜けるような白い肌、裸身
 白いバスタオルで髪を拭いている
 その手が止まる
 視線
 止まった時間、緩やかに漂う湯気


「・・・・・・」

 どのくらいの時間が過ぎただろうか。ふと我にかえる。時の流れが静かに戻って来る。遠くに聞こえ
る小鳥の声。まだそれ程多くはない車の音。手の感触に気付く。両手で持ったままのデッサン画。記憶
の1シーンが蘇り、微かに苦笑する。やれやれ、僕はまた失敗を繰り返してるよ。君のいない間に勝手
に大切なものに触ってしまっている。

「・・・・・・」

 手を延ばし、絵を元あった場所に戻す。ベッドの上。そうだね。この絵は僕が無理に頼んで受け取っ
てもらったものなんだから。君に返すよ。僕が持っていても仕方がない。君が持っていてこそ意味があ
るものなんだから。

[3] 投稿者:管理人 投稿日時:2021/7/3 22:29 (Sat) No.203


「・・・・・・」

 改めて視線を戻す。変わらぬ表\情。そこには非難の色も驚愕の感情もない。ただ柔らかな空気だけが
ある。バスタオルを抱え、ただ静かにシンジの姿を見つめている。幻なんかじゃない。彼女は確かにそ
こにいる。そこにいて、自分を見ていてくれる。


 物語や映画の世界とは違う
 僕らの生きているこの世界は
 劇的な奇跡なんかない
 感動的な再会なんてない

 ほんの偶然のように
 特別でない一日のように
 その時はやって来るんだ


「・・・やあ、逢いに来たよ。」

 その一言を発するだけで精一杯だった。気の利いた台詞も、想いをぶつけるような激しい言葉も生ま
れはしなかった。静かに沈黙を守る心の中で、何でもないような言葉が自然に口から出た。

「君に、逢いに来た。」

 現実のこの世界では、効果音も絶妙なカメラワークもありはしない。ただ不器用に、一歩一歩ゆっく
りと近付いて行くだけだった。視線が近付き、互いの心が触れ合えるようになる。彼女の手にしていた
バスタオルが静かに床に落ちる。気付けば、少女の身体を包み込んでいる自分の姿があった。静かな、
それでもこの世で最も確かな抱擁。

「・・・・・・」

 ほんの少しだけ女性らしい身体付きになった、と思った。記憶に残る肌の感触が、手に馴染む。左手
で撫でる水色の髪の感触が懐かしかった。所々髪の長さがばらばらになっている。鏡を見ながら自分で
切っていたのだろうか。胸が痛くなった。この忘れられた部屋で、彼女は自分を待ち続けていてくれた
のだろうか。

 どのくらいの時間が過ぎただろう
 ふと、感触
 小さな嗚咽が聞こえてくる
 彼女が僕の胸で泣いている

 僕は天を仰いだ
 そして目を閉じた

「・・・・・・」

 思う。もしこの世に神というものが存在するのならば。ひとの願いを叶えてくれるものが見守ってい
るのならば。自分はもう二度と何かを望んだりはしないだろう。何かを祈ったりはしないだろう。この
先どれ程辛いことがあるとしても、歯を食いしばって生きてゆけるだろう。

 このひとに、逢わせてくれたから
 僕の大切なこのひとに

 だから僕はもう何も望まない
 生きてゆける

 このひとと一緒に
 生きてゆける


[4] 投稿者:管理人 投稿日時:2021/7/3 22:31 (Sat) No.204


ラストもKameさんから。
2作目となりますが、大好きな作家さんなので管理人特権ご容赦下さい。^^;;;

初出はご自身のHP「Kame\'s Garden of Text」だったと記憶していますが、残念ながら同HPは既に消滅してしまったようです。
ただWebアーカイブか何かで「まだ読める」という話を見た事があったので、今回少し探してみましたが、残念ながら私には辿り着けませんでした。

さてこのシーン。
綾波レイに心惹かれた方々ならすぐに思い出せるであろうTV本編5話でのレイの部屋でのシーンをモティーフにしたシーン。
オリジナルシーンも鶴巻監督をして「これを超える印象的な出会いのシーンなんて絶対作れない」と叫ばせたらしい場面ですが、
本作「Portrait」でのこの再会シーンは実は今回、この「名場面集」思いついた時から「ラストはこの場面にしたいな」と思っていた
シーンでした.

初読した夜、私、このシーンで本当に声出して驚いた後、暫く続きが読めなくなるほど感涙したんです。
そして本作の後続の章も全て読了した時、どことなく「ここまで頑張ってきて良かった」って気分になったのを憶えています。

確か2000年9月公開だったと思う、私にとってちょっと特別なこの作品ですが、どうやら最近のLRSな方々にとっても有名な作品みたいですね。
自分は何もしていないのに、なんかちょっと嬉しい。

そんな作品公開から21回目の夏がやってきます。





↓この記事のレスを書き込みます
名前:

URL:

Mail:

内容: (携帯絵文字の入力)


文字色:

パスワード(3〜8文字):


 スレッド一覧 Home 管理画面  携帯にアドレス送信 


削除する人→ 投稿者: 管理者:  削除記事No: パスワード:
無料レンタル FreeBBS.biz