[1] 投稿者:管理人 投稿日時:2021/6/30 00:32 (Wed) No.195
幼馴染のシンジがチェロのレッスンを受けていることを知っているのはアスカだけ・・・
の筈だったに、何故かそれを知っていた銀髪で深紅の瞳の転校生「綾波レイ」。
ある日、シンジの不在の理由がコンクールへの出場だと人づてに知らされたアスカは、
レイに知っていたのかを訊ねてみたが、返ってきた答えは
「私は知らない・・・そう、私は・・・・」。
そしてコンクールが始まった。
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「5番。碇シンジさん」
その声に僕は立ちあがった。
舞台袖からゆっくりと歩き出し、そして中央の椅子の横でチェロを置く。
観客席を見、そして一礼する。
それらを機械的にする僕。多分今なら、僕の耳元で爆弾が爆発したってびっ
くりしないだろう。
それくらい、僕は極限まで緊張しているから。
カタン。
構\えた弓が引っかかって、下に落としてしまう。
慌てて拾い上げるけれど、僕はもう顔を上げる事も出来ないほどに真っ赤に
なってしまった。
「…何やってるのよ。あのバカ」
口の中でその言葉を飲みこみ、アスカはじっとシンジを見つめていた。
あまり、変わっていない。
自分が知っているシンジと、こんなステージの上に立つシンジにギャップを
感じていた。けれど、今のシンジはアスカの知っている、いや、それ以上に
ドジでグズなシンジだった。
「……何やってるのよ、あのバカシンジ」
ふっと口元に浮かぶ笑み。
見知らぬ他人のように思えたシンジが、また自分の幼馴染に戻ってきたよう
に思えたから。
「すぐ緊張するんだから」
アスカは声をかけたい思いを、必死に押さえてそう呟いた。
さも、しょうがなさそうに。
[2] 投稿者:管理人 投稿日時:2021/6/30 00:32 (Wed) No.196
課題曲を弾こうとする。
けれど緊張のせいか、思うようにそれが思い浮かばない。
どんな風な弾き出しだったか。
それすらも思い出せない。
どんどん、どんどん心拍数が上がって行くのが分かる。
そしてそれに合わせて、頭の中から楽譜が抜け出して行くような気がする。
不意に風が吹いたような気がした。
弾かれたように顔を上げ、僕はその風を感じた場所を見上げる。
そこに『彼女』はいた。
舞台の天井に張り巡らされた鉄骨の上に、そっと腰掛けて。
僕を見ている。
その真紅の瞳。
それに、吸い込まれそうになる。
何かを待っているその瞳。
じっと、僕を見つめてる、その瞳。
僕はゆっくりと目を閉じ、そして弓を引いた。
それまでの、これ以上無いくらいの緊張も忘れて。
そして弾き出された音は、僕と、そして彼女を包んだ。
シンジが不意に顔を上げた。
まるで何かを探しているかのように。
そして上を見、それからゆっくりとにチェロを弾き始めた。
今の今までの、緊張しきったシンジとは思えない、今までの演奏者達の演奏
と比べても遜色の無い、ううん、ずっと、ずっと優しい音。
シンジがこんな音を出せるだなんて、私はずっと知らなかった。
なんだか、シンジが私の知らない人に見える。
……なんだか、怖い。
音は途切れない。
ゆっくりと、そして優しく音色は会場を包んでいた。
それは本当は、たった一人に向けられた音。
けれどその音色は、確かに会場の一人一人を包んでいた。
そして、少年にだけは聞こえていた。
少女の、小さな歌声が。
小さな、本当に小さな歌声が。
それは何処か遠い国の言葉のようにも聞こえる。
けれど、懐かしい。
最後の音色が弾き出され、そしてシンジは目を開いた。
ゆっくりと見上げたそこに『彼女』はいなかった。
けれど、ゆっくりと下って行く視線のその先に、『彼女』はいた。
「……綾波……来て…くれたんだ」
そう呟いた。
そして微笑む。
自然に。
それは、来てくれた事への感謝なのか。それとも、逢えた事への歓喜なのか。
それはまだ、わからない。
シンジは立ちあがり、そして深く一礼をした。
少女のいる席に向けて。
そして少年が顔を上げた時、会場を割れんばかりの拍手が包んだ。
たった一人の、14歳の少年に向けられた、それは盛大な拍手だった。
[3] 投稿者:管理人 投稿日時:2021/6/30 00:34 (Wed) No.197
作者はKeiさん。このHPでも1作お預かりしていますね。
この作品は一連の『月』シリーズの4作目で「めぞんEVA」のA04号室で公開されていた筈なので
今でも「綾波展」に行けばDL可能\かと思います。
音楽がとても大きな役目を果たす『月』シリーズは、自身が楽器弾きでもあった私にとって
共感出来る部分が多かった作品群なのですが、今回引用したこのシーンはそこを離れて、
情景の印象が深く残っています。
「舞台の天井の鉄骨にそっと腰掛けているレイ」
もうこの一行だけでご飯3杯行けます。(笑)
でもこの場面、文章だけだとレイ全然目立ってないですね。どっちか?ていったらアスカの方が出番多いし。(笑
ちなみに『月』シリーズは以下6作:
『朧月』『月光』『月天』『残月』『逢月』『皓月』(だと思う)
特に連載作では無く独立した6作品でしたが、後半2作はKeiさんご自身のHPでの公開だったようで、
残念ながら今はもう無いみたいですね。
6作全作品通して本編のレイとはまた一風違う透明で美しいレイが描かれています。
そういえばなんか『皓月』の後が発表\されていたような、いなかったような。
有ったとしたら読みたかったなぁ。