「はあ・・・・はあ・・・・」
奈々はとっさには状況を把握できなかった。 ルシフェルの振り下ろした刀が自分を二つに裂いたものだと思っていた。
振り下ろされたルシフェルの刀は奈々の陰裂に少し食い込むような形で“止まって”いた。刃がその部分の、薄くて脆弱な皮膚に触れてはいるものの傷は1ミリたりとも刻まれてはいない。金属のひやりとした感触だけが僅かに伝わってくる。
「ふっ・・・ふうっ・・・」 奈々の息が引きつる。もはや喉の痛みさえもすっかり忘れていた。 その顔面はすでに、涙や鼻水によってぐしゃぐしゃになっている。
なぜ?なぜ止めた?何のつもりで?もう分からない・・・何も・・・何も・・・?
ルシフェルの刀がすう、と手前に引かれる。刃が肌の上すれすれを滑る。肌を傷つけずに、鉄の感触だけを伝えながら。それでも奈々の心を刻むには十分だった。
「ひぃっ」
奈々は悲壮な悲鳴を上げた。
「やら・・・やらぁ・・・いらいことひないでぇ」
ぷしゅっ
膀胱筋が弛緩し、尿が一気に噴水のように溢れ出す。それは奈々の体や頭をつたい、重力のなされるがままになった髪の先から、雫となって地面へとぽたぽたと落ちる。
移動していたルシフェルの刀の切っ先が、歳の割には幼く、陰毛の一つも生えていない奈々の陰裂のラインが消えるか消えないかの位置で、ピタリと止まった。 そして、そこでようやくつぷりと刀の切っ先が奈々の皮膚へと侵入する。びくんと奈々の体が反応するが、そのものは大した傷ではない。刀の進入は皮膚をわずかに通過したところで止められた。 そしてその深さを保ったまま、刀は下へ――位置的には奈々の臍の方へと滑ってゆく。
「いあ・・・がっ・・・」 点では大した痛みではなくとも。線になればそれはたちまちに増加する。 痛みとともに奈々のなめらかで白い皮膚に赤いラインが刻まれてゆく。 刀は臍を超えた後、腹と胸の中心をすべり、鎖骨の合わせ目を少し通過したところで止められた。
何?何を?・・・何をするつもり―― それを考えた事を、考えてしまった事を後悔する。 巨人の衣服のわき腹部分にあたる場所に貼り付けられた、やけに新鮮な“それ”に目がいく。
「ああ・・・・・ひあああ・・・・!」それが意味する事実は何か。 いっそ一撃で殺されていたほうがずっとマシだった。
ルシフェルはたった今刻んだラインから、奈々の皮膚と肉の間へとずるりと刀を滑り込ませる。ねちょねちょと肉を引き剥がす嫌な音がする。
「うぎ・・・がっ・・・!」
最悪の予想が、現実のものとなる。
刃が完全に皮膚の直下へともぐりこむ。外からでも刀の輪郭が見て取れる。 それが先程とは逆の、今度は上に向かってゆっくりと進み始めた・・・。 線が、ついに面となる。
「げあああああああああああああああああああああああああ!!!!!!」
想像を絶する苦痛が奈々の脳を焼いた。思考が一気に四散する。
刀は慎重に皮膚の下をすべり、奈々の薄い乳房を、滑らかな腹部の白い肌を、魚をおろすようにゆっくりと肉から剥がしとってゆく。丁寧に、間違ってもこの美しい品物に傷を付けないように。 地獄の激痛は、ついに奈々の意識を奪う。しかしその次の瞬間には、その苦痛が反対に彼女の意識を覚醒させる。それが幾度となく繰り返された。
体の前面の皮膚が左右ともに剥がし終わる。だらりと皮膚垂れ下がり、僅かな脂肪の乗った赤い肉をさらけだす。
「ガハッ・・・カッ・・・いぎぃっ・・・!」赤熱した刃物で体を刻まれ続けるような恐ろしいほどの苦痛。しかしそれから逃れる術はない。
ルシフェルは、続けて背中側に取り掛かった。張りのある背中の筋肉から、そして控えめな尻の脂肪から、慎重に皮だけを分離させる。 背中をはがし終えると、次は性器に取り掛かる。ルシフェルはその図体に似合わぬ器用さで、ことに薄くて複雑なひだの一つ一つを丁寧に肉から剥離させてゆく。 奈々の誰にも触れされた事のない大切な部分は完全に破壊され、陰核がむき出しになり、かつて大陰唇を構成していただいだい色の脂肪と、あとは幾つかの穴が残されるのみの無残な姿となりはてた。 そして最後に、木の枝のように細い両の脚の、透き通るような肌を剥がし取られた。
そしてついにねちょりと音をたてて、手の部分を除いて、人型をした皮膚が奈々の肉体から離れた。 奈々に残された皮膚はもはや、頭部と、足の先を残すのみとなってしまった。
「ギアエエエエエエエエエ!!!エゲッ・・・グギアエエエエアアアアアアア!!!」
喉の奥から溢れ出す音はもはや人のものとは思えない。
ルシフェルはというと、剥がし終えた皮膚を片手で掲げてぼんやりと眺めていた。 かとおもうと、おもむろに地面に転がしておいた斧を反対の手にとって、それを周囲の木々や色々なものにでたらめに叩きつけ始めた。 それはおそらく喜悦を表す行動だと推測されるが、本当のところはよく分からない。 やがてその奇妙なダンスを終えるとルシフェルは斧を捨て、自分に被せられた黄土の “衣服”を乱暴に掴んで、頭の部分だけをベリベリと引きちぎった。
露になったその頭部は人間の、いや生物のものと考えることすらためらわれるものだった。 その表面にボコボコと幾つかの歪な組織を認められるが、それらが何の役割を持った器官なのか、またそれらが果たして一般的な生物のそれと通じるところがある器官なのか、それを推測することは全くといっていいほど不可能だと思われた。
そしてその頭部から、おぞましい呪文のような“声”が発せられた。その頭部のどこから発しているのか、それすら分からない。その鼓膜をヤスリで削るような不快な声を、他の何かで形容するのは極めて困難であろう。
ルシフェルはその呪文をしばらくの間ぶつくさと呟いたあと、収穫した人皮をその辺の木に洗濯物のように引っ掛けておいて、再び奈々の元へと戻った。 そして奈々の足と足の間のスペースにその頭部を潜らせた後に、頭部にある一部の器官から奇妙な液体を分泌させ始めた。 その粘性の強い液体は、奈々の股目掛けて、ボタボタと垂らされ始めた。
「あ・・・っがっ・・・・!??!げべっ・・・・ばっ・・・!!!」 その液体が剥き出しの肉体に触れた瞬間、奈々の背筋が即座に収縮して、体全体が海老のように捩れた。それは反射というよりは、もはや痙攣に近かった。
異界の魔物の体液は、大抵は毒であったり酸であったり、とにかく劇薬の類である事が多い。ルシフェルの垂らした正体不明の体液も、例にもれずその一種であった。 しかし、それは毒のように命を蝕むようなものでもなく、酸のようにあらゆるものを腐食されるほどのものでもない。
それはただ、刺激を与えるだけの液体だった。刺激といっても、それは青トウガラシを数百万倍にも濃縮したような強烈なものである。皮膚に触れればたちまち激しい痛みと炎症を伴い、痛みが退いた後にも100日ばかりは痒みが続き、もし目にでも入ろうものならたちどころに光を失うこととなるだろう。 それが、その尋常ならざる苦痛を伴う液体が、皮膚を失った肉へと直接、次から次へととめどなく流され続ける。 液体はまず丸裸にされた奈々の肉芽を焼き、穴という穴へと侵入して尿道と膀胱を、膣と子宮を、肛門と直腸を、外から内から焦がし続ける。
「お・・・おげごっ・・・ばっ・・・・がぎぎげ・・・がげがっ・・・!?」
ストロボのように意識の消滅と覚醒とが瞬時に繰り返される。もはや奈々は人として思考する権利すら奪われ、ただ炎熱のような激痛を味わうだけの人形と化した。
「あっ・・・!あべっ・・・ばっ・・・!げっ・・・げげっ・・・げっ・・・!!!」やがて彼女の咽は自らの叫び声によって完全に潰され、ひゅーひゅーと咽から空気の音が無為に漏れ出るのみとなった。
続いてルシフェルは自分の両手に液体をたっぷりと塗りたくると、奈々の全身へと刷り込むように擦り付ける。この液体には血管を収縮させる効果もあり、皮膚を剥いだ事による全身からの出血はこれで止まった。 たっぷりと劇薬を奈々の全身に塗りたくったルシフェルは、それで満足したようだった。
それから思い立ったように先程はがしたばかりの生皮を手に取ると、それにこびり付いた脂肪を刀の峰側でごりごりとこそぎ落とした。次に、先程奈々を恐怖へと陥れた人間の頭の形をした『容器』にたまった液体――おそらくこの哀れな犠牲者の脳髄を溶いたもの――をすくいとり、皮の裏側にべたべたと塗りたくった。いわゆる“なめし”の作業である。 あとは適当に広げて、そこらの木に楔のようなもので貼り付けて乾かすだけとなった。
もはやルシフェルに奈々を殺すつもりは毛頭なく、彼は皮が乾ききるまでの間、陸に打ち上げられたばかりの魚類のように全身を振るわせるY字型の肉塊をぼんやりと眺めていた。バックグラウンドミュージックのように、うざったらしい放送が空から響いてきた。
奈々にはもはや思考する余裕すら残されてはいない。だが彼女の脳内ではかろうじて一つの単語だけが廻り続けていた・・・・・。
オネエチャンタスケテオネエチャンタスケテオネエチャンタスケテオネエチャンタスケテオネエチャンタスケテオネエチャンタスケテオネエチャンタスケテオネエチャンタスケテオネエチャンタスケテオネエチャンタスケテオネエチャンタスケテオネエチャンタスケテオネエチャンタスケテオネエチャンタスケテオネエチャンタスケテオネエチャン……
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