ハーレムトライアングル 第一章 兄と弟 A |
- 日時: 2022/07/08 20:21
- 名前: 陣
- 「入るぞ」
返事も待たずに入るカルデナス。後に続くのはロザンナ。 エミヤはカルデナス個人の側近であるため、城館の中はほとんど動かない。ヤザの仁義として、情報交換に嘘を交える事が出来ないため、最初から知らない事にしているのだ。 入口の反対側に、大きく広がるベニーシェの風景。ここはいわば展望台。そこにおいて絵筆を取ってキャンバスに向かっている一人の少年。 カルシファーの次男にして、カルデナスの弟。カルデウス。通称カルディ。17歳。長髪の兄と違って、短めに纏めている同色の髪が目の色と共に、理知的で落ち着いた雰囲気を醸し出している。
「もうすぐ完成か」
「うん」
どことなく気まずそうに、弟に声を掛ける兄。
「せっかくだがな。無駄に終わったぞ。それは」
今度の婚約話で、弟が相手と決まった時、ゴットリープに持参しようと描き始めた風景画。相手にベニーシェの風景を説明すためだという。あるいは本人自身が故郷を偲びたいがためか。
「知ってるよ。さっき父さんもここに来た」
事も無げに、それに応じる弟。
「親父が?」
「うん。手紙を持ってきて。『キるか』ってね」
実に涼し気に返す弟。意味は知ってる癖に、こういうところが我が弟ながら恐ろしい。
「で?」
「『必要ないんじゃないの』って答えたよ。コレを持ってって貰うって用事もあるしね」
少し顔色を変えるカルデナス。その意味を測るように。
「おいおい。相手がどういう女か、もう知ってるだろ。そんなの送ったって、捨てるか破くか、あるいは焼かれるかだけだぞ」
「かもね。でもそれをするのは彼女だ。僕じゃない」
なるほど。そんな事をして評判を落とすのは相手の方というわけか。 涼しい顔をして、さりげなく報復を偲ばせる。流石は天下に恐れられる梟雄カルシファーの息子だ。 かつて唯一、身分の卑しい側室の子として、五人兄弟の末に生まれ、四人の兄たちの虐待に耐え抜いた末、最後はその兄たちを、その家族もろとも皆殺しにしてのけた、あのカルシファーの。 世間の連中は、外見の見てくれだけで、俺こそがカルシファーの生き写しだと思ってるそうだが、とんでもない。 確かに俺は短気だが、同時にすぐ醒めるし、恨みを引くのも面倒くさい。親父の中身を引き継いでるのは、間違いなくこの優等生面の弟だ。
それでいながら同時に強烈に引き付けられる物を感じているのも俺。 はっきり言えば、二人だけでいると何をしてしまうか、自分でも分からない。 兄弟だって。いや兄弟だからこそ油断のならない、この非情の世界。だと言うのに、妙に無防備というか誘っているとでも言うかなこの弟。 だから会う時には必ずロザンナを連れて行く。彼女なら俺を止める事が出来るからだ。
いつから弟をそんな目で見るようになったのだろうか。 決まっている。十一年も前。ウチが雲山朝本体との連携でゴットリープを落とした時だ。 その場に親父に連れられていた俺に、戦勝祝いで酔っ払った一人の兵士が近づいて来た。 そいつは言った。
(いやー。実に素晴らしい連携でやんしたね。ウチの殿様とバーミア王。さっすがデキてる方々同士は違いやすよねえ)
まだ十にもなっていなかった当時の俺に、その意味は分からなかった。 だから当時既に自分付きになっていたロザンナに早速その意味を聞いたが、教えて貰えなかった。その時の彼女の驚いたような嫌そうな顔は今でも憶えている。そんな顔を彼女がしたのを見たのはそれが初めてだったからだ。 だからそれを口にした男に改めて聞こうとしたが、それも出来なかった。何故ならその次の戦闘でその男は死んだからだ。 今となってはこうも思う。あの男が死んだのは、ロザンナか親父の差金ではなかったのかと。 ともあれ俺はその意味を探った。身内に聞くのは色々とマズイと思い、それ以外の道を探っている内に出会ったのがエミヤだ。 まだ未熟で、俺がカルシファーの息子だとも知らなかった、当時のエミヤは、金貨に釣られてあっさりと俺に言った。
(ああ。それはベニーシェの殿様とバーミアの王様が愛し合ってるって事だよ)
その時点ではもうロザンナを相手に初体験を済ませていた、俺はその言葉に驚愕した。男同士や女同士でもそういう事があるのも分かっていたつもりだったが、まさかあの恐ろしい父にもそんな面があったとは。 肉体的な関係まであったかは分からない。ただ精神的な意味においては間違いなく誰よりも深く繋がっている。それを一番知っているのは、互いを呼び合う二人の寝物語を嫌というほど聞かされている、女たちの筈だと。 しかもこの話がより複雑で厄介なのは、この事がよくあるような単なる下世話な話でなく、逆に神話的なまでの深い彩りを持っていた事だ。 母違いの兄たちから、あるいは性的な物も含めたかもしれない、過酷な虐待を受け続けて来た一人の少年。それがある日、六つも年下で兄弟すらいない、それでいて亡き父の遺した政治的な重荷を負わされた少年と出会ったのだ。その二人の間に、誰も入れないような深い絆が生まれたとしてもむしろ当然ではないか。忌むべき物語どころではない。むしろ祝福の鐘を思い切り鳴らしてやるべきなのではないのか。
その話を聞いて深い衝撃を受けてから、弟を見る俺の目は明らかに変わった。もし俺が親父の立場だというなら、カルディはバーミア王に似た立場になる。果たして俺に親父みたいな感情があるのだろうか。あるいはむしろ自分たちの弟を凌辱したという、忌まわしい伯父たちのような。 そこまで気を巡らせた時、俺はハッと気が付いた。 あの聡明な弟は間違いなく、短慮の俺などより遥か前から親父たちの秘密を知っている。 知ってた上で、その立場から俺との関係も考え続けて来たのだと。
時間にすれば、ほんの一瞬でしかない回顧。 そこに改めて続けようとした時、部屋に入ってくる従僕。
「お話のところ申し訳ございません。若様方。御当主様がお呼びです」
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