ハーレムトライアングル 第一章 兄と弟 @ |
- 日時: 2022/07/07 21:08
- 名前: 陣
- 「なにい!? あの女が、あの男と結婚するう!?」
真剣というには滑稽、滑稽というには真剣な声が響き渡る。 仙樹暦931年。ここはラルフィント王国北部ベニーシェ地方の中にある城館の一室。 思わず栗色の髪に手を当てた、その青年というにはいささか若い男の顔に当惑が浮かぶ。 彼は、この城館の主ラルフィント王国北部の雄、カルシファーの長子。カルデナス。19歳。
「どういう事だ。そりゃ?」
彼の当惑も当然だろう。なんと言っても、一度は自分自身が候補であり、結局は弟と婚約を結んだはずの相手が、いきなり別の男と結婚したというのだ。 それも。よりによって、その話をこちらに持ち込んで来たはずの男と。 確かに。政略結婚において、話が壊れたり変わったりする事など大した事ではない。酷い話になると、相手が何度も変わった末に、いつしか年老い、遂には結婚前に死んでしまった例もあるくらいだ。横から掻っ攫われるくらいなど、別に珍しくもない。 それでもまさか。仲人役が掻っ攫う例など聞いた事も。
「どうやら、御本人自身の事前の了解が取れていなかったようです」
淡々と事実を述べ始める目の前の女性。金髪で眼鏡で軍服を着込んだ、長身の女性。 カルデナスの幕僚にして、初体験の相手でもある、カルシファー軍切っての才媛、ロザンナ。29歳。あの男、ラルフィント王国山麓朝宰相シュナイゼルよりも一歳上。ちなみにその上司カルデナスもまた、あの女ことラルフィント王国山麓朝女王メロディアより一歳上である。 彼女の改めての詳細な説明を聞き、改めて天井を仰ぐカルデナス。
「おいおい。とすると親父殿。そんなあやふやなのを俺たちに持ち込んだってんのかよ?」
思い切り苦虫を噛み潰す上司に対し、いささかその父を弁護するかのような部下。
「…カルシファー様として。まさか断るなど思わなかったのでしょうが…たとえ事後でも」
それはそうだろう。こんな美味い話、滅多にあるわけがない。 三十年前の国王死去を契機に始まった、ラルフィント王国内部の大乱。その二大勢力の一つであり、北央部の要害都市バーミアを拠点とする、ラルフィント王国雲山朝。その四半世紀もの歴史の最大のパートナーであるのが、ここベニーシェ地方を中心とする北東部を一大勢力範囲とする、カルシファー。雲山朝の誕生、そして十一年前に統一時代の首都ゴットリープを一時でも奪還する事に成功したのも、彼の存在があっての事と誰もが認めている。 もしその彼の軍と一族を雲山朝から切り離し、山麓朝に取り込む事が出来れば当然、前者の力は半減し、後者は倍加する。政治的にも大きな雪崩現象が起きる事だろう。 それをわざわざ自分から蹴るなど。まさに想像を絶するとしか呼び様がない。
「話によると、自分一人で覇業は出来る。政略結婚なんか必要ないって思い切りイキったそうですよお。あのガキ女王」
仮にも女王をガキ呼ばわりの、ロザンナの反対側にいるもう一人の存在。緑のショートカットの少年風のマント姿の少女。エミヤ。17歳。ヤザの傭兵家族の出身であり、カルシファー軍としての部下であるロザンナに対し、個人的にカルデナスに忠誠を尽くす側近的存在。ちなみにガキ呼ばわりの山麓朝女王より一歳年下である。 傭兵社会のヤザ人脈によって、より生でダイレクトな情報を掴み、主人に伝えるのも仕事の一つ。バーターで、こちらの情報も相手に伝えねばならないわけだが、それはカルデナスも承知している。
「ハハン。だとすれば随分とウチも嘗められたもんだが。で。親父殿は?」
「先方から詫び状らしい物が届いたみたいですが、封も切らずに突き返されたそうです」
「ウチの連中が喜びそうだな。そりゃ。で。持って来た奴の首は?」
「そのまま。何も」
「ほう。封も首も切らずってわけかい。親父殿」
この時代において、使者の首まで取る事は完全断交を意味する。大抵の場合は宣戦布告にも等しい。それをしないという事の意味は。
「ここまで舐められて。まあだゴットリープの連中との間に脈を残しとこうってんのかい?」
「おそらく」
「で。バルザックに引き退いたという、先の王はどうなんだ。今度の話かあったからこそ譲位したんじゃなかったのかい?」
それに答える幕僚と側近。
「今のところ公式には何の反応も見せてないようですが」
「何も言えなくなってんじゃないですかあ。あまりの事に」
「まさかこんなバカとは思わなかった、か。はは。息子に続いて娘まで。どうやら本当に血筋のようだな。愚行とやらは」
バルザックから来たゴットリープの愚行の一族。当然に彼らとしては認めていないが、それはラルフィント王国において余りにも有名。 新女王と山麓朝の跡目を争った、その異母兄ペルセウスは、前年において惨めな醜態を晒して事実上の失脚の上、怪死。更に二人の父親である先王オルディーンも、四半世紀前に現雲山朝国王ギャナックの生母ミレディに手を出そうとして、再起不能の返り討ちにされたと伝わる。 今度の件は、その評価を世間において完全に決定的な物とする事だろう。
「ま。とにかく阿呆な血と交わらずに済んだって事だけは幸いってわけか」
話を引き取ってまとめるカルデナス。同時に椅子から立ち上がって歩き出す。
『どちらへ??』
二人同時の質問に対する答えは。
「カルディんとこだ」
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