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ハーレムバスタード  第五章 ゴットリープの女帝 B
日時: 2022/11/18 21:11
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「招待状は出し終わりました。御母様」

ゴットリープの女帝家とも言われる、バイバルス本邸の西の離れに位置する、前当主ルドヴィカの住居。その中心部の居間。

そこの主人に挨拶する現当主ルシタニア。

「御苦労様。ウフフ。今頃はエルヴィーラであの子の婚礼の最中でしょうねえ」

「全く。お人が悪いですわ。御母様」

「ま。死んだ兄のお下がりの年上女より、自分しか知らない可愛い娘の方が良いに決まってるでしょ。違う?」

「…」

「ふふふ。まるで昔のあなたの時の事も思い出すわね。あの時はあなたもあたしも。ルシアラもまだまだ若かった」

「そして。アルキビアデスも。ですわね」

「そう。懐かしい名前よねえ…」

アルキビアデス。十数年前に死んだルシタニアの夫。そしてその娘ルキオラの父。そしてバイバルス家に次ぐゴットリープ都市貴族の名門テルモピライ家の現在の跡取娘ルキエラの実の父。そして彼女の母こそはルシタニアの母ルドヴィカ。すなわちルキオラにとっての祖母である。

それを更に遡るほど数年前。バイバルス家で発生した後継者紛争。当時当主だったルドヴィカに対し、他の都市貴族家に縁組していた息子や娘たちが反旗を翻したのだ。
彼らの表向きの理由は、後継者として認められた嫡長女ルシタニアへの不満。当時誰が見ても無難な凡庸と見られていた、彼女を母の傀儡でしかないと考えた事。また母の正夫クレメンスの実子ではないとの噂の強い、自分たちのコンプレックスも手伝い、同じくその先代の正夫の実子ではないとも言われる母が先代を追った先例に倣おうとしたとも言われる。
しかし結局、長男か三女か、彼らの中の誰を後継者とするかの話がまとまらないままの画策は失敗に終わり、累を恐れたそれぞれの婚家の手と責任において処刑される事となる。その際に彼らが、救いの手を一切差し伸べない、母に対し恨みと呪いの言葉を残したかどうかは定かでない。

やがてその政治的な和解において、長男が婿入りしていたテルモピライ家から逆に婿入りしてきたのが、その縁組相手だった、女当主アルシノエの弟アルキビアデス。事件を機に当主の座を譲られた、ルシタニアよりも年下だったが、夫婦仲は良好と見られ、やがてその間に長女ルキオラを懐妊。そこで次なる事件が起きる。
事もあろうがルシタニアの懐妊中、義母のルドヴィカと密通し、その腹にルキエラを懐妊させたのだ。どちらが誘ったか迫ったか、それとも何か思惑があったかは当人同士にしか分からない。
確実なのはバイバルス家の中心二人が懐妊で身動き出来なくなった機を狙い、彼の実家テルモピライ家も加わった反逆劇がまたも起こったのだ。もちろんそれは彼の姉、アルシノエを新たな「ゴットリープの女帝」に押し立てるための物であり、長きに渡り、その座を占め続けてきたバイバルス家に対する都市貴族の不満分子の一大反抗でもあった。

「あれも若かったねえ。もう少しあたしの懐妊が進んでいたら、もう手も足も出なかったというのに」

「…」

しかしまだ懐妊間もなかったルドヴィカが素早く、郊外で独身の文化生活を行っていた嫡次女ルシアラと連絡を取った事で形勢は逆転。
かつて母の乱行の無言の批判者とされ、また弟妹たちの反乱においても我関せずだった、ルシアラの存在は、アルキビアデスらにとっても全くの計算外。独自の人脈を駆使して、電撃的に外部から反撃を組織した彼女と、内部から呼応したルドヴィカとの苛烈な母娘挟撃によって、叛乱は瞬く間に叩き潰される。

「意外と義兄様もお甘いようで」

自分よりまだ年上の義妹に嘲笑を投げられ、かつ実家の姉にも見捨てられた、哀れな叛乱者は、前と同様、婚家たるバイバルス家の手と責任において処刑される。
その最後は、自分の娘をそれぞれに孕んだ二人の母娘の目の前での毒酒刑だったとも言われる。それも人として男としてあらゆる全ての考えられる限りの醜態を晒した上での。それが胎内の遺児の胎教にいかなる影響を及ぼしたかは想像も出来ない。

その事態処理は前回を遥かに超え、反バイバルス派の都市貴族は徹底的に粛清。家名存続と引き換えに、それぞれの首脳部は新バイバルス派と全面交替。首謀者と呼ぶべきテルモピライ家に至っては、直接の粛清指揮者であるルシアラが自ら乗り込み、アルキビアデスの血を引く、ルキエラが成長するまで当主代行を行う事となる。

そしてこの事件によって、それまではあくまで都市貴族の代表の立場だったバイバルス家がゴットリープ内部における絶対的な権力を握る契機ともなる。
それも。当主を引いたはずのルドヴィカが中心となった事によって、「ゴットリープの女帝」の座もより明確になった形で。

またこの事件の裏にはゴットリープの市政権への介入を望む、当時の山麓朝国王シャリアスの意図もあったと言われるが、同様に電撃的な処置で叩き潰され、相互不介入原則の元、それに関わった側近の関係者も見殺しにせざるを得なくなる。
更には、この事件を口実に、バイバルス家は屋敷を含む城内の一角内部に強固な城壁を新たに建設。
その建設を督戦したのが、自ら鎧を着込んだルドヴィカ。身動きできなくなった娘に代わり、身重の身体を敢えて晒して突貫工事を監督。その中に不義の子を宿しているのは誰もが承知だったが、その鬼気迫る活躍ぶりにかえってカリスマ的威厳すら高めてしまう。

そして叛乱を放置していたシャリアスとしてもそれを阻止できず、気が付けば、いざとなれば容易に王宮をも攻撃出来る態勢を組まれてしまう。
当然に憤激するシャリアスだが、完全にゴットリープの内部を押さえられてしまった以上、バイバルス家に手を出すのはもはや不可能。よってその活路を外部に見出す事となる。
すなわちオグミオス亡き後のレナス家に力を与え、バイバルス家に対抗させる勢力に育成しようと図ったのだ。端から見れば自殺行為とも思える程だが、それだけシャリアスにとってバイバルス家は心中の虫だったとも言えるだろう。

しかし息子のシリウスにとって、バイバルス家は脅威に思えず、王太子時代の個人的な恨みもあって、むしろレナス家を抑え込む事を優先。遂にはミラージュ戦役の勃発を迎える事となる。
その間において、バイバルス家は基本的に中立を保持。城内のバイバルス城壁内に立て篭もる事で、シリウスからの圧迫にも耐え抜き、最終局面では逆に内から圧迫を加えて、シリウスを降伏に追い込む。

互いの領分が異なるというのもあり、レナス家との関係は敵でも味方でもないといった所だが、それだけにその関係の推移は周囲の注目する所となっていた。

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Re: ハーレムバスタード  第五章 ゴットリープの女帝 B ( No.1 )
日時: 2022/11/10 22:12
名前: 鬼末忠次
参照: http://onisue-chuuji.blog.jp/

なるほど、シャリアス王はそういう解釈で来ましたか。そうなるとシリウス王の評価も変わってきますね。シャーミーナの意味も変わってくる。レナス家との対決も楽しみです。
Re: ハーレムバスタード  第五章 ゴットリープの女帝 B ( No.2 )
日時: 2022/11/12 13:48
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直接のモデルは鎌倉後期の「宮騒動」と「二月騒動」ですね。

あとシャリアスの自棄については、北条貞時がモデルです。


アルキビアデスの名は、古代ギリシャの有名な人物から取りました。

とにかくそのままハーレムシリーズの主人公が務まりそうな人物なので、お勧めです。
Re: ハーレムバスタード  第五章 ゴットリープの女帝 B ( No.3 )
日時: 2022/11/19 05:28
名前: 鬼末忠次
参照: http://onisue-chuuji.blog.jp/

バイバルス家はますます手に負えない感じになりましたね。シャリアスも気の毒に。
Re: ハーレムバスタード  第五章 ゴットリープの女帝 B ( No.4 )
日時: 2022/11/19 10:06
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下手に手を出して失敗し、かえって相手を強めてしまう結果になるというのは、後鳥羽上皇と承久の乱が典型ですよね。

そもそも山麓朝は外から入り込んで来た連中だという点を重視しました。

あと内部城壁の建設は、大坂の陣での堀埋め立ての逆パターンです。

また「北京の五十五日」の舞台となった東交民港も意識しています。

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