ハーレムトライアングル 第五章 運命の五秒間 E |
- 日時: 2022/07/26 08:36
- 名前: 陣
- 「おまえがシュナイゼルか」
ラージングラード城の北西部。北部から長躯回り込んできたカルシファー軍の陣屋。 その中の一室。互いに顔色を伺う男二人。
「お初にお目に掛かりますな。カルシファー殿下」
「そうだな。前の時はゴットリープの顔役どもが仲介だったからな。顔を合わせるのは初めてだ」
「前の時にはお詫びを入れる機会がありませんでした。改めてここにお詫びさせて頂きます」
「なに。顔と信用が傷付いたのはそちらの方だ。こっちは何も困っとらんよ」
頭を掻く客人。
「それにしても大胆な奴だ。使者と称して本人が来るとはな。もしもバレたらその場で殺されてるぞ。前の件では俺よりも周りの方がいきり立ってるからな」
「まあ当然でしょうな。きっと自分でもそうするでしょう」
「で。何の用だ。別にわざわざ詫びを入れにここまで来たわけでもあるまい」
「はい。では単刀直入に言わさせて頂きます。この度の戦、おそらく女王陛下は自ら陣頭に立ってバーミア王を討ち取るつもりでしょう。そういう御方です」
「なんとも。勇ましい事だな。で。こちらにどうしてくれと?」
「加勢とまでは言えません。ただ手控えていただけるだけで結構。あとは陛下御自身の御運と御器量の次第です」
「盗っ人に追い銭か。こちらがそこまでしなければならない理由は?」
「バーミア王がこうして外に出て来る機会がまたあるという保証がおありですか? あちらの意図はこちらにも分かりませんが。一番確実な事実はただそこです。もちろんそこについては先刻からお考えだったでしょうが」
「で。宰相殿。いや御夫君どのがわざわざここまで来てくださった理由は?」
「恥ずかしながら。御承知の通り。我が女王陛下はこちら方の持つ重要性をどうしても理解してくださらない。だから自分がここに来たのです。そうすれば女王陛下も嫌でもこちらと交渉しないわけにはいかないでしょう」
「なるほど。むしろ女王に対する人質になろうというわけか。奇妙な物だな」
「恥ずかしながら」
「だが。もしもこの場で俺が貴公を殺したらどうする。それなら何の意味もあるまい」
「その場合。女王陛下は殿下に対し全ての打算を度外視しての攻撃を掛けるでしょうな。もし防ぐ事が出来ても相当の損害が生じる事でしょう」
「ほほう。今度は脅す気か。大した自信だな」
「自信でなく事実です。あの方にとって私は単なる恋愛の対象ではありません。むしろ意地というか自我の鏡というべきでしょうな」
「なるほど」
「もしもバーミア王のために多大の犠牲を引き受けるつもりならばそうされるが良いでしょう。どうです?」
しばしの沈黙。
「そういえば女王は貴公の十も下だったな」
「正確には九ですが」
「俺のは十だ。苦労するな」
「全くです」
互いに苦笑い。そして指を弾く主人。いつしか現れる近習。
「ロザンナを呼べ」
「は」
出て行く近習。
「ほう。噂の御婦人ですか?」
「噂とは?」
「いえ。下世話な噂ほど広まるのは速いと。私の義母の教えでもありますが」
「なるほど。我が偉大なる叔父上のように、か?」
「…」
「そうだ。噂と言えば、事のついでに聞いておくか」
「何をです?」
「話に聞こえる実に見事なまでの貴公の手並み。なぜ山麓朝の中でしか使わない? バーミアの中にまで使おうとしないのはなぜだ? そこまで腕が届かないのか? それとも何かに止められているのか? あるいは何かを恐れているのか?」
「…」
|
|