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ハーレムトライアングル  第四章 無数に書かれた三角形 B
日時: 2022/07/10 14:20
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「バルザックか」

そこは自分の生まれた土地。同時に現在のゴットリープ正統王家発祥の地。
道理の分からぬ世間の連中どもは、今の王家を山麓朝などと呼び、辺境のバーミアの僭主家の雲山朝と並び、先々代チムール王までを統一時代として分けて呼んでいるようだが、あくまでも王国の中心部であるゴットリープを占める我々こそが紛れもない正統なのは明らかの歴然である。

それはともかく、現王家にとってバルザックは発祥の地であると共に、三十年以上前のゴットリープ制圧以来の難問でもあった。
まず距離が遠過ぎ、環境風土ともゴットリープとは大きく異なる。しかもここの住民は進駐してきたバルザックの兵たちをあからさまに南の田舎者ないし野蛮人と馬鹿に見下し、それについての軋轢は最初から絶えなかった。
しかも大会戦の結果、周辺を十分に固める間もなく、ただ勢いのまま中心部のゴットリープにいきなり飛び込んでしまったため、最初の興奮が過ぎれば、自分たちが完全に身動きできない立場になってしまったのに気が付いた。
北のバーミア周辺にはモーレ一族が強力な地盤と共に健在。最後に味方に付いた諸家もあくまで自分たちの権益を放すつもりは無く、むしろ当然の恩賞とばかりに今までの権益の拡大を公然と図ってきたのだ。しかも中央の事情に不慣れな田舎者政権の足元を見るように。
それを打開するためにはもはや武力による恫喝しかなかったが、中心の武力に乏しかった現王家としては、初期に試みた幾つかの懲罰的各個撃破を除けば、早々に断念。
旗揚時には大義名分として掲げたはずの諸王弟家の処遇についても、結局はメルキゼデクの解放に留めて、カルシュ家への分割政策も結局は踏襲。結局のところ頭が代わっただけで、政策の多くはチムール時代をそのまま引き継がざるを得なかった。それも余所者の遠慮としてゴットリープには極力負担を掛けない形で。
当然に負担の多くは出身のバルザックに掛かって来る。当然に不満は高まり、ゴットリープへの交代参勤を拒否する者も出始める始末。
こうなると必然的に出てくるのがゴットリープを放棄してのバルザックへの帰還論。但しこれだけはどうしても出来ない。後の事になるが、もしそうなれば立ち所にバーミアからギャナックが帰還し、改めて討伐軍をバルザックまで派遣してくるだろう。バルザック防衛のためにも、ゴットリープを放棄するわけにはいかない。
しかも更なる問題は、蔑視されながらもゴットリープ住民との関係を深め、定着を望む残留派が生まれ、帰還派との間に分裂と紛糾が始まった点。これもまた一つの三角形。

更に一番の厄介は、それを現地で担った留守居役であるバルザック筆頭分家の現地掌握力が強くなってきたのだ。
そもそも先王御夫妻のバルザック一族への影響力は決して強くない。先王オルディーン陛下は基本的にチムール王から押し付けられた養子だったし、オルフェ母后にしても本来は実父にして本家当主たるオゴタイ将軍の未認知の庶子に過ぎない。当然に血統原理に基づく有力候補は他にも多くいた。その中の一人だった我が義母ゲリュオンが本家家宰として御二人を支持する形を取った事でようやく最低限の体裁が整ったというのが実態に近い。これもまた一つの三角形だ。

(いっそ御本人が先王陛下と結婚すれば手っ取り早かったのに。まあ大きく年上だった事も引け目だったのかなあ)

とにかくそれが遠くゴットリープに離れてほとんど帰れなくなったわけだから、そのままで済むわけがない。しかも廃王ギャナックがバーミアに逃亡し、食うか食われるかの大抗争が始まってからは尚更。
それを何とか最近まで繋いできたのは、筆頭分家出身であった義母ゲリュオンの存在と功績に他ならない。まただからこそ二十五年前のバーミア表の戦いの指揮を現地で取る事が出来なかったわけでもあるが。
だからこそその戦いの後、負傷癒えぬ先王陛下としては敗戦の指揮官でもあったオルフェ母后を正妃として迎えなければならなかった。何を今更と見られるのは百も承知だが、もはや恥も外聞もなく身内を固める事が最優先とされたのだ。

しかも面倒なのはバルザックとゴットリープとの貴重な繋ぎ役のはずの義母の様子がこの辺からおかしくなり始めた事。最初の六年間で既に思うに任せぬ状況にストレスの溜まっていた所に、先王陛下の遭難。逆上に任せて、六年前に直させたはずの片目を再び潰すや、廃王の抹殺に動くも、ほんの僅か目を離した隙に側から逃げられてしまうという致命的失敗。話によれば、ここで義母は完全な錯乱状態に陥り、討伐軍の指揮が取れなかったのも、むしろこれがためだったとも言われる。

(まあそうでもなければ事の全ての元凶のヴラッドヴェインの子と疑われた、自分をわざわざ養子に迎えて、あんな自暴自棄な教育をするわけもないがな)

それもあってか今までの間も何度かバルザックとゴットリープの関係は危機状態になった。十一年前にはどうしてもバルザックに先王陛下自身が出向かなければならなくなり、その隙をバーミアの連中に突かれたくらいだ。
だから今回の譲位とバルザックへの引退も決して楽隠居などというものではない。むしろ三十年以上にも渡って等閑にせざるを得なかった、バルザックとの関係を改めて立て直さねばならないからだ。
だからこそ後継にはゴットリープを任せられるという条件もあったわけで、その意味ではミラージュ生まれのペルセウスよりゴットリープ生まれのメロディア様の方が都合が良かったとも言えるだろう。
そして現在バルザックでは、先王陛下の王女の一人であり、メロディア様の異母妹にしてラージングラード出身の母君を持つ、イザベル様と筆頭分家の跡取息子との縁組が義母の肝煎りで進められている。
筆頭分家の息子は先王陛下がバルザックを離れてからの生まれ。当然に馴染みなど無い。だからどうしてもここで改めて縁を固め直さないと、完全な疎遠になってしまうという危機感もあるのだろう。

そこまで考えを巡らせていた時に飛び込んでくる、ゲルダ。

「どうした。そんなに慌てて?」

「宰相閣下! バルザックの配下から!」

急いで通信を受け取り、封を切る。その内容は。

「…イザベル様が…亡くなった…」

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Re: ハーレムトライアングル  第四章 無数に書かれた三角形 B ( No.1 )
日時: 2022/07/10 08:50
名前: ハーレムシリーズ好き
参照: http://blog.livedoor.jp/harem_series_suki/

これは急転直下の展開ですね。暗殺の可能性があるか否や。暗殺でなければ、シュナイゼルはツキのない男ということになって、為政者に一番向いてないタイプと言えそうです。まあ、彼の思い通りになったらドラマにはなりませんが。
Re: ハーレムトライアングル  第四章 無数に書かれた三角形 B ( No.2 )
日時: 2022/07/10 09:38
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やはり一番の元は『アバンギャルド』で触れていた、ベルリアンヌの出身である「ゲリュオンを出したバルザック分家」という記述ですね。

とにかく一番の鍵はゲリュオンにあると。

応仁の乱によって国元で勢力を伸ばした守護代家のイメージもあります。

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